介護施設のずさん運営に見た仏「格差社会」の葛藤 富裕層向け施設のひどい実態が暴露され大騒ぎ

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今回のスキャンダルは超優良といわれたグローバル企業とフランスの富裕層の戦いで、入居者に対する同情の声もあまり聞かれない。当然ながら、資金力を持つ入居者やその家族によるオルペア社を相手取った訴訟は目白押しだが、そのオルペア社は資金力に物を言わせ、暴露本の執筆者と出版社などに対する法的措置を準備中だ。

人権という意味では圧倒的に一般のフランス人は入居者側に立っているが、彼らに降りかかった災難については金持ちを標的にした利潤追求の大企業が犯した違法行為という、庶民が手の届かないところで起きた事件に自業自得という感情も見え隠れする。

それにフランスでは1万4800人が死亡した2003年の熱波襲来の夏、高齢者施設の入居者の80%に親族の訪問がまったくない実態が明らかになった。つまり、施設内での異常に気づく親族や保護者が不在しているために、入居者本人や介護者が内部告発しない限り、施設内で起きていることが表に出ることはないということだ。オルペア社はそのことを知らないわけがないと見られている。

このあたりの事情は日本と大きく違うところだが、閉ざされた空間で起きていることを把握するのが難しいのはフランスと共通点もある。フランスのシルバービジネス市場は高齢化とともに高まる一方だが、人権を無視した利益追求の違法行為は糾弾されるべきだろう。手厚い社会保障でベースになる高齢者ケアは日本より行き届いている反面、サービスの差別化需要も高まっている。

シルバービジネスに垂れ込める暗雲

フランス政府が運営する「退職ドットコム」によれば、フランスには約1500万人(総人口6600万人)の退職者がおり、85%以上が自宅で老後を過ごすことを望んでいるとされる。また、医療保険料、ホームヘルプ、車いすなどの介護器具のレンタル料など25を超える製品とサービスのコスト、食費、住居費、水道光熱費などを分析および調査した結果、老後のコストの平均は、年額1万2641ユーロ(約164万円)と試算している。

一方、平均的な介護付き高齢者施設に入居した場合、月額平均約1800ユーロ(約23万円)かかるとされる。この額は85歳以上の高齢者が自宅で介護を受けながら過ごす場合のコストに相当する。何とか年金で賄える範囲とされ、現状に応じて援助も受けられる。

フランス議会上院は今回の事件を重大だとして調査委員会を立ち上げる方針だ。手厚い社会保障で老後の心配がない国といわれるフランスだが、思わぬところで不正行為が発覚し、高齢社会で需要が高まるシルバービジネスに暗雲が垂れ込めている。

安部 雅延 国際ジャーナリスト(フランス在住)

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あべ まさのぶ / Masanobu Abe

パリを拠点にする国際ジャーナリスト。取材国は30か国を超える。日本で編集者、記者を経て渡仏。創立時の仏レンヌ大学大学院日仏経営センター顧問・講師。レンヌ国際ビジネススクールの講師を長年務め、異文化理解を講じる。日産、NECなど日系200社以上でグローバル人材育成を担当。

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