4万円超の値がついた「土偶ニット帽」誕生秘話 「縄文」界隈注目ヒットメーカーは元バンドマン

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その後の顛末は、後に記す。筆者が気になったのは、小牧野館の商品開発力だ。小牧野館のミュージアムショップは、オリジナルグッズの宝庫。遮光器土偶の「遮光器」部分を再現した木製のメガネ、遮光器土偶形のこけしとけん玉を合わせた「シャコケン」などユニークな商品が並ぶ。

小牧野館から少し離れた場所にある小牧野遺跡(筆者撮影)

これらすべてをスタッフとともにプロデュースしているのが、縄文の学び舎・小牧野館の館長、竹中富之。いま、「縄文」界隈のヒットメーカーとして注目を集める彼のキャリアは、意外なものだった。プロのミュージシャンとしてバンドのボーカルを務め、聖飢魔IIと同じ事務所からCDも出していたのだ。

元プロミュージシャンがなぜ小牧野館の館長に就き、どのようにヒット商品を生み出してきたのか? その秘密に迫る。

ミュージシャンからの転身

2003年、プロミュージシャンとして大成することができず、バンドも解散。これからどうしようかと悩んだ竹中は、「音楽に関係ある仕事がしたい」と考えた。それから縁あって、渋谷にある音楽系ミュージアムの責任者に就いた。38歳のときのことだ。

縄文の学び舎・小牧野館の館長、竹中富之さん(筆者撮影)

ミュージアムの運営についてまったくの素人だったが、当時さいたまスーパーアリーナ内にあったジョン・レノン・ミュージアムやアーティストとのコラボを企画するなど、徐々にアイデアマンとしての才覚を発揮。「ミュージアムの運営は面白い!」と手ごたえを得ていた。

しかし、両親の体調が悪化したこともあり、2010年、故郷の青森市に戻ることに決めた。仕事のあてがなかった竹中は「自分で仕事を作ろう」と、地元で世界のカルチャーを発信することを目的にエスニック雑貨のショップを始めた。もともとアジアやアフリカ、中南米の雑貨が好きだったことに加えて、両親のことを考えたときに個人事業主で時間に自由が利くのも大きなポイントだった。

それから、ひとりでインド、ネパール、タイ、メキシコなどを旅行し、気に入った雑貨を仕入れて自分のショップで売る生活が始まった。このとき、商売人としての目が養われたという。

「現地で商品を見定めながら、これをいくらで販売したら売れるだろう?って考えるじゃないですか。この商品はもっと改良できるんじゃないかっていうのもすごく気にするタイプです」

ショップでは、アフリカの太鼓「ジェンベ」も仕入れて販売していた。それがきっかけで、ショップを経営しながら地元の仲間たちとジェンベのチームを結成し、プライベートで演奏を楽しんでいた。すると、そのうちに「遺跡で演奏してほしい」というオファーがくるようになった。

なぜ遺跡で?と疑問に思う方もいるだろう。青森は遮光器土偶が出土した亀ヶ岡遺跡、縄文遺跡として日本最大級の三内丸山遺跡など約4700カ所の遺跡(埋蔵文化財包蔵地)が確認されており、遺跡関連のイベントも多いのだ。ジェンベは皮と木で作られたシンプルで原始的な楽器なので、遺跡との相性もよかったのだろう。

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