「スパイダーマン」大ヒットを喜べない人々の事情 今後「大人向けの映画」が衰退しかねない恐怖

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一方で、若者は観たいものがあれば躊躇なく劇場に足を運ぶ。マスクは面倒であるけれども、観たい映画のためならそれも厭わない(筆者も『スパイダーマンNW』をロサンゼルスの映画館で観たが誰も文句を言うことはなく最後までしっかりとマスクをつけていた)。しかも面白ければ2回でも3回でも観に行く。そうやってどんどん興収にも貢献していく。

つまり、製作者であるスタジオに見返りをもたらしてくれるのは、若者を惹き付けるスーパーヒーロー映画やアクション大作なのだ。

これは今に始まったことではない。20年以上前からメジャースタジオは、業界用語で「テントポール」と呼ばれる知名度の高い大作に重点を置き、たいした稼ぎが見込めないロマンティックコメディや人間ドラマを扱った映画を作らなくなってきた。それで、そうした映画を作りたい製作者はインディーズとして作るか、あるいはNetflixやHBOなどの配信やケーブルテレビにプロジェクトを持ち込むようになった。近年、配信限定作品やテレビ映画のクオリティが上がったのはそのためである。

古い世代の嘆きの声が聞こえてきそうだ

コロナ禍で明確な興行成績の差を見せつけられたせいで、この傾向がますます加速するのではないかと危惧する業界人は少なくない。すでに人々の意識も大きく変わっている。

パンデミックを受けて、昨年のアカデミー賞では資格についてのルールが変更された。それを機に、それまでたびたび上がってきた「配信作品に作品賞をあげてもいいのか」という議論も、もはや聞かれなくなった。配信限定作品であっても、今やアカデミー賞で作品賞を受賞することは、不可能ではない。そして競争が激しくなる一方の配信の世界では、コンテンツ欲しさにメジャースタジオが絶対出してくれないような巨額の製作費を出してくれたりもする。

「映画館ではスーパーヒーロー映画を、自宅では賞を狙ったシリアスな映画を観る」という棲み分けは、近い将来、少なくともアメリカにおいては確実なものになるのだろうか。そう考えただけでも、古い世代の映画ファンからの嘆きの声が聞こえてくる気がする。

猿渡 由紀 L.A.在住映画ジャーナリスト

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さるわたり ゆき / Yuki Saruwatari

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。

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