自己肯定感に悩む人を多く生む現在が世知辛い訳 時代の要請というよりゲームの初期設定のように

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だが近年、健康増進や疾病予防に軸足を置くセルフメディケーション(自分自身の健康に責任を持ち、軽度の身体の不調は自分で手当てすること)がメンタルヘルスにも及び、個人が自らの心身に責任を持たなければならないという風潮が強まってきた。そのため、心理学的な基準に照らして自己を分析するニーズが高まった面がある。

さらに昨今の自己肯定感ブームは、多くの人々が良質な関係性や、必要としているコミュニケーションの不足によって、自己肯定感が得られにくくなっている現状も関係している。

経済学者のノリーナ・ハーツは、孤独・孤立をテーマにした著書でコロナ禍における人との接触機会の減少が自尊心を低下させる事実に着目した。曰く「多くの思想家たちが指摘してきたように、人間の自尊心は、他者からの承認が大部分を占める」ことに改めて気付いたという(『THE LONELY CENTURY なぜ私たちは「孤独」なのか』藤原朝子訳、ダイヤモンド社)。コロナ禍の前から、孤独・孤立問題は世界的なトレンドであったが、自己肯定感ブームによって図らずも別の形で露呈したといえるだろう。

他者の存在が避けられないのに自分で解決しようとする

自己肯定感に関するマニュアルには自力で対処するといった自己完結型のものが多い。自分が抱えている不安を紙に書き出し、その内容が本当に適切かどうか距離を置いてみるとか、鏡に映った自分を褒めてあげるとか、朝起きたらテンションが上がる曲をかけるとか、部屋を片付けるとか、美味しい食事をするとか……。もちろん、自己の認識を修正する必要性は理解できるが、これはインスタントな解決法に思える。良質な関係性や必要としているコミュニケーションの欠乏を、何かあり合わせのもので補うような振る舞いに見えるのだ。

良質な関係性や必要としているコミュニケーションは、人によって多様だが時間や手間がかかることで共通している。すると、「自分だけでどうにかしよう」という安易な発想につながりやすい。要は、他者の存在が避けられない問題であるのにもかかわらず、他者がほとんど関与しない解決法にしがみつきやすくなる。

企業や組織などにおける人材マネジメントでは、すべての従業員の自己肯定感を上げる場合、1人ひとりが自分の問題として取り組むと同時に、企業や組織もその文化を改革することが必至となる。あくまで環境とセットなのだ。しかし、社会という巨大なスケールになると、実質的に個人の側しか変わることはできない。それゆえ、別途ネットワークのようなものが不可欠になる。

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