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1968年、ビートルズに聞こえ始めた解散への足音 『ジョン・レノン 最後の3日間』Chapter35

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ある日、ポールがロンドンの地下にあるハシシの吸えるクラブ・ヴィオ・クラブを訪れ、未発表の音源を店内で流したとき、そこに居合わせた何人かの客が発売前の「ヘイ・ジュード」を耳にするという幸運にあずかった。

その1人であるミック・ジャガーは、曲が終わるとポールに歩み寄ってこう言った。

「おい、すげえ曲だな。まるで2つの曲みたいだ」

「ヘイ・ジュード」の演奏時間は7分以上あり、7インチのシングル盤に収録された音源としては異例の長さだった。

「最後の部分は、あんなに長くするつもりはなかったんだけどね」とポールはミック・ジャガーに説明した。

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「結果的にああなったからオーケストラもつけたけど、そもそも僕が『ジュディ、ジュディ、ジュディ、ワーオ!』ってのを止められなくなったっていうだけなんだ。盛り上がったケーリー・グラントみたいだよね!」

1968年の夏は、不安定な社会情勢を象徴する出来事が続いた。8月26日にアメリカで「ヘイジュード/レボリューション」が発売された(英国でのリリースは8月30日)2日後、民主党全国大会が開催されていたシカゴのヒルトン・ホテル前で、反戦デモを行なっていた市民が国家警備隊と衝突した。

この大会では、現職のジョンソン大統領によるベトナム戦争拡大路線を支持するヒューバート・ハンフリーが、ユージーン・マッカーシーを抑えて次期大統領選候補に指名されていた。

デモの参加者たちは警備隊と押し合いながら、こう声をあげた。

「世界中が見ているぞ! 世界中が見ているぞ!」

そんな空気の中で、世界中が聞いていたのは、アップル・レコードからの第1弾シングルとなった「ヘイ・ジュード」だった。売り上げ枚数は1968年末までに世界で500万枚に達し、ビートルズにとってそれまでで最も多く売れたシングルとなった。

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