日本だけが「低賃金から抜け出せない」2つの理由 「アベノミクスは成功した」と言うけれど……
もう一つの大きな構造問題が、非正規労働者の増加です。
雇用形態別の賃金をみると、男女計では、正社員・正職員324.2千円(年齢42.2歳、勤続年数12.5年)に対し、非正規労働者214.8千円(年齢48.8歳、勤続年数8.7年)となっています(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」2020年)。
2020年における非正規労働者は2090万人で、雇用者全体5620万人に占める比率は37.2%に達しています(総務省「労働力調査」2020年)。1989年(平成元年)には約20%だったので、平成の期間に非正規労働者が激増しました。平成の時代に低賃金の非正規労働者が増えたことが、平均賃金を下押ししたのです。
なぜ、これほどまで非正規労働者が増えたのでしょうか。派遣労働法など法規制や働く側の価値観の変化など色々な要因が指摘されていますが、雇用する企業の側からすると、厳しい経営環境の中で生き残るには「正社員をできるだけ雇用したくない」という事情があります。
日本では、正社員の解雇が判例で厳しく制限されています。整理解雇の4条件を満たせば余剰人員を解雇できることになっているものの、適用条件が厳しく、労働者の働きが悪いという程度では解雇できません。企業からすると、いったん正社員として雇用したら解雇できないので、不透明な経営環境では解雇しやすい非正規労働者を増やそうとするのです。
国は、非正規労働者の待遇を改善するためにパートタイム・有期雇用労働法などを改正し、昨年4月から大企業に「同一労働同一賃金」を義務付けました(中小企業は今年4月から)。
これによって正社員と非正規労働者の非合理な待遇格差がなくなり、非正規労働者の賃金水準が上昇することが期待されています。
ただ、正社員の解雇規制がある限り、正社員の雇用をできるだけ抑制しようという企業の姿勢は変わらず、非正規労働者の正社員への転換が進むことはありません。もし非正規労働者の賃金が大きく上がったら、企業は非正規労働者の雇用を減らして外国人労働者などの雇用を増やすか、それも難しいなら事業所を海外移転させます。
したがって同一労働同一賃金で全従業の賃金水準が大きく改善することはないでしょう。経団連が過去3度にわたって政府に要望しているとおり、解雇規制を緩和することによって、初めて企業は安心して正社員を増やすことができ、平均賃金が上がります。
このように日本では、中小企業と正社員を守る法規制・政策支援が存在することで、なかなか賃金が上がらない構造になっているのです。
「新しい資本主義」は格差を解消するのか?
では、このほど発足した岸田政権が提唱する「新しい資本主義」で、賃金水準は上昇するのでしょうか。岸田首相は、成長と分配の好循環を作り出すことによって賃金を上げ、所得格差を解消したいとしています。
岸田首相は、10月8日の所信表明演説で12回にわたって「分配」という言葉を使った一方、「改革」という言葉をまったく使いませんでした。「成長か分配かという議論は不毛」「分配なくして次の成長なし」と強調したとおり、分配重視の姿勢が鮮明です。なお、岸田首相・与党だけでなく、立憲民主党など野党も衆院選に向けて分配の強化を主張しています。
富める分野から貧しい分野に所得を移転させることで理不尽な格差を是正するという点で、分配が重要な政策課題であるのは事実でしょう。ただし、分配によって賃金の格差が是正されても、国民平均の賃金水準が上昇することはありません。
先ほど取り上げた「中小企業の淘汰」も、「正社員の解雇規制の緩和」も、ともに一時的に失業を発生させます(長期的には経済を活性化させ、正社員の雇用を増やすと期待されますが)。衆院選を控えた状況で、こうした痛みを伴う改革を政策課題として議論するのは難しいという現実があります。
しかし、日本が低賃金から脱却するには、中小企業・非正規労働者・(今回は取り上げませんでしたが)女性労働者の低賃金という構造問題の解決が不可欠。31日の衆院選を終えた後、与野党を挙げて構造問題に取り組むことを期待しましょう。
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