「プライマリーバランス黒字化」凍結すべき深い訳 財政出動の判断基準は「乗数効果、雇用、賃金」だ

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要するに、生産性を高め、それに伴って賃金を上昇させることでGDPを増やすのです。岸田総理にはリーダーとして、財政出動で投資した以上の金額が将来的には戻ってくることを想定し、思い切った国家運営にあたっていただきたいと思います。

過去に何度も指摘したように、アベノミクスの結果、日本の労働参加率は史上最高になり、世界的に見ても非常に高い水準にまで上がりました。しかし、増えた雇用のほとんどは、賃金水準が低いという意味で「質が低い」仕事でした。それによって生産性は上がりましたが、労働生産性は上がっていません。

これ以上労働参加率を高める、つまり雇用の量を増やすのは限界に近づいているので、岸田総理は雇用の質を高める政策に舵を切るべきです。それこそが日本に求められている政策であり、そのためにこそPGSを増やすべきなのです。

となると、「賃金の動向」と「雇用の動向」を財政出動の判断材料にするべきだという結論となります。「賃金の動向」と「雇用の動向」のデータはすでに整備されているので、目標を設定するための直接的な材料にできます。

「本当に政府は破綻しないか」実験より先にできること

一部には、インフレにならないかぎり、政府の借金をどんなに増やしても政府は破綻しないという見解もあります。しかし、すでにここまで政府の借金が増えている中で、無尽蔵にばらまいて「本当に政府は破綻しないのか」という実験に挑戦するメリットがあるとは思えません。

財政出動を増やすのであれば、PGSを中心に、「元が取れる」支出に限定するべきでしょう。となると、オーソドックスなケインズ経済学に基づいて、乗数が1以上の支出でないといけません。ここでいう「乗数」とは、政府支出に対してどれだけGDPが増えるかを測る指標で、1億円の支出の乗数が1.2だった場合、GDPは1億2000万円増えることになります。これなら「政府の借金/GDP」の分子以上に分母が増えることになるので、現在の低い金利を考えれば、政府の借金の対GDP比率は改善します。

この乗数効果が大きい政府支出には、基礎研究やインフラ投資が含まれます。

ただ、乗数効果に関しては、勘違いをしている人が多いと最近わかりました。政府が100兆円の支出をすれば、GDPは自動的に100兆円以上、例えば330兆円も純増すると妄想している人がいるようです。実際の乗数効果は、それよりもずっと小さいことがわかっています。政府支出に過剰に期待してはいけません。この点は、次回の記事で検証します。

私自身、財政出動は必要だと考えていますが、2%のインフレ目標を判断基準にするべきではないとも考えています。財政出動の是非はあくまでも、「雇用の量」と「雇用の質」、そして「乗数効果」をもとに判断するべきです。

次回から2回にわたって、なぜ財政出動の基準を2%のインフレ目標にするべきではないのかを説明します。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長

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David Atkinson

元ゴールドマン・サックスアナリスト。裏千家茶名「宗真」拝受。1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。1992年にゴールドマン・サックス入社。日本の不良債権の実態を暴くリポートを発表し注目を浴びる。1998年に同社managing director(取締役)、2006年にpartner(共同出資者)となるが、マネーゲームを達観するに至り、2007年に退社。1999年に裏千家入門、2006年茶名「宗真」を拝受。2009年、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手がける小西美術工藝社入社、取締役就任。2010年代表取締役会長、2011年同会長兼社長に就任し、日本の伝統文化を守りつつ伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。

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