歴史が暴く「インフレなら経済成長」という妄信 インフレ率と経済成長には「複雑な関係」がある
産業革命により生産性は大幅に向上しましたが、1934年まではインフレにはなりませんでした。主な理由は、生産性向上はデフレ要因だからです。生産性向上とは、同じ人数で生産を増やせるようになることを意味しますので、当然ながら、価格は下がります。自動車の歴史を見ればわかります。よって、生産性向上はデフレ要因なのです。
1750年から1929年までは、技術革新により生産性が高まり、GDPも成長して実質賃金も大きく増えたので、「良いデフレ」の時代とも言われます。
つまり、生産性向上の歴史を見ると、インフレではなくても生産性向上は可能です。逆に生産性が大きく向上すると、インフレを抑える効果もあると理解するべきです。歴史がそれを証明していますし、今、世界的にインフレ率が低迷している原因をICTによる生産性向上に求める研究は少なくありません。これについて次回検証します。
一方、1930年から1933年までは「悪いデフレ」の時代と呼ばれています。生産性向上率が下がり、失業率は劇的に上がり、賃金は下がったからです。
しかし、前述のとおり1934年以降、イギリスはデフレになっていません。では、なぜデフレは起きなくなったのでしょうか。
財政出動をしても、経済が成長しない時代があった
大きな要因は1936年に出版されたケインズの『雇用・利子及び貨幣の一般理論』でした。ケインズ経済学にのっとった経済政策がとられるようになり、積極的な財政支出が行われ、国をあげてデフレを阻止するようになったのです。
しかし、1979年あたりから、ケインズ経済学が正しいとされた時代も終わりを迎えます。その終焉の原因は、現実世界で理論とは異なる現象が起きたことでした。
ケインズ経済学は需要が経済成長を決定するという考え方で、不況のときには政府が財政出動して、需要の不足を補うべきだとされています。この政策の効果は、主に失業率の低下によって実現されます。経済を完全雇用で均衡させることで、経済は成長するという理論です。
しかし、1970年代の後半、政府が財政出動を行い、貨幣の量を増やしても、経済成長率が低迷し、失業率も向上して、高いインフレ率を記録しました。経済学で言うスタグフレーションが起きたのです。このスタグフレーションによって、ケインズ経済学は否定されることになりました。
この「財政出動さえすれば経済は成長する」という主張が迷信にすぎないことを証明する最たる事例が、日本です。赤字財政出動を示す国と地方の借金総額が、1990年以降、著しく増加したにもかかわらず、GDPはほとんど増加していません。単純に財政出動すればいいということではなく、それをどう使うかが大事であるという証拠です。
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