「マスクしない人」を避けたほうがいい本当の理由 コロナ感染への心配だけではないハイリスク

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ただ、学生若者たちだけではなく、大人の中にも多くの人々に似た姿勢が見られます。

大人たちへの街頭インタビューの中で、「やっぱり夏場は暑いよね。ずっとやってると耳に違和感とかあるし。ただ今の状況でマスクやらなきゃ怖いしね」「1年前は慣れてなかったから『嫌だな』と思ってつけてなかったりもしたんですけど、今はだいぶマスクモラルっていうのが高まってきて、『どんなところに行くときでもマスクしなきゃ』ってストック持ってたりしてます」というコメントがありました。

「暑い」「耳に違和感」「怖い」は、すべて自分目線のみの言葉であり、そこに他者への優しさや配慮はありません。自分が「感染させられるかもしれない」という視点が全面に出てしまい、ともに生きる人々を思いやるような姿勢が感じられないのです。

さらに、「マスクモラルが高まってきた」とありましたが、この人の言うモラルは自画自賛のみで、ともに困難なときを生きる人々への配慮や優しさは含まれていませんでした。たとえば、基礎疾患を持つなど感染リスクの高い人、日々奮闘を続ける医療従事者、さらには一刻も早い経済活動の再開を願う人々のことが頭になく、自分中心の思考回路の人が増えていることが気がかりなのです。

「地元ではノーマスク」の大間違い

おそらくマスクをしない人たちに「自分のせいで医療現場を逼迫させることになってもいいのか?」「医療従事者の奮闘や亡くなった人のことをどう思っているのか?」と尋ねても、まともな返事は得られないでしょう。

また、「マスクをする」という前提があるからこそ、ようやく行動制限が緩和され、経済活動を再開できるのに、マスクをしない人が増えたらそれを危うくしてしまうかもしれない。早い周期で再び緊急事態宣言が発出されたら、生きていけないという人が増えてしまうかもしれない。本来は、ともに社会を形成する一員である以上、そんなリスクを軽減するための小さな協力として、「マスクくらいつけよう」と考えるのが自然ではないでしょうか。

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