原発訴訟で国と東電の責任を裏付ける文書 存在を確認できないはずの重要資料が白日に

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結局のところ、東電は6号機の冷却系非常用海水ポンプ電動機を20センチメートルだけかさ上げするなど、比較的容易な対策にとどめた。その一方で、重大事故の可能性を過小評価する姿勢は、改まることがなかった。

02年7月に、政府の地震調査研究推進本部は「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(「長期評価」)を発表。国会事故調報告書によれば、これに基づく津波が押し寄せた場合、その高さが原子炉建屋の敷地の高さを上回るO.P.(小名浜港工事基準面)+15.7メートルに達し、原子炉建屋の浸水が避けられないことが、東電が08年5月ごろに計算した結果で明らかになった。

また06年5月には、監督官庁の原子力安全・保安院と原子力安全基盤機構が設けた「溢水勉強会」で、原子炉建屋の敷地の高さと同じO.P.+10メートルの津波が押し寄せた場合、非常用海水ポンプが機能を喪失し、炉心損傷に至る可能性があること、また、O.P.+14メートルの津波が到来した場合、建屋への浸水からすべての電源喪失に至る危険性があることが、東電から示された。そして、これらの情報は東電と保安院で共有されたと、国会事故調報告書は指摘している。しかし、ここに至っても東電は実効性のある対策を講じることをせず、保安院も対策を求めることはなかったという。

過失責任をめぐり論争

今となっては取り返しがつかないが、国会事故調報告書はこう述べている。
 「津波が想定を超える可能性が高いことや、想定を超えた津波は容易に炉心損傷を引き起こすことを、東電は02年以降何度も指摘され、事故の危険性を認識していた」

もちろん、国や東電は、こうした指摘を真っ向から否定している。国の第6準備書面(7月4日付け)は次のように述べている。

「この(=土木学会の津波評価技術)の手順によって計算される設計想定津波は平均的には既往津波の痕跡高の約2倍となっていることが確認されているのであるから、その計算値は安全側の発想に立って計算された値と評価することができる。したがって、補正係数を1.0とし、また2から3倍にしないことをもって、科学的に不合理であるとは認められない」

「もっとも、溢水勉強会は、あくまで、津波の高さの仮定に加えて、仮定した津波の高さが継続して到来する(継続時間を設定せず、無限時間継続する)という条件を設定したうえでの影響評価を行ってみたものであって、この影響評価の結果から、O.P.+14メートルあるいはO.P.+10メートルの津波が到来するとの具体的危険性を認識していたとは言えない」

生業訴訟の原告は、福島県内外に住む約2600人。9月にも第4次提訴が予定され、原告の人数は3000人を上回る見通しだ。同訴訟で弁護団事務局長を務める馬奈木厳太郎弁護士は、「危ないと分かっていながら重大事故の回避を怠った国と東電には重大な過失責任がある」としたうえで、「9月16日に開催される次回の裁判期日では、97年の文書の作成者や作成の経緯を明らかにしていく」と語る。

 原発事故の責任を問う裁判は、重大局面を迎えつつある。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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