尾身茂会長、政府との危機認識のズレ抱えた苦悩 本音を告白、コロナ対策の裏側で起きていたこと

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案の定、厚労省の官僚は「見解案」に難色を示す。

岩波書店から出版されている河合香織氏の著書『分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議』に、当時の経緯が詳細につづられている。緻密な取材にもとづいた秀作だ。これによると、厚労省の官僚から「このままでは出せない」とのメールが返ってきた。「専門家会議としてのクレジットは外してほしい」と要求され、「専門家有志」に書き直された。ほかにも「国民をあおり過ぎはよくない」と、さまざまな文言が削除されていた。そう河合氏は書いている。

尾身氏によると、専門家会議が始まる直前に、座長である国立感染症研究所の脇田隆字所長に相談した。こうなったら加藤勝信前厚労相に直訴するしかない。会議冒頭の加藤厚労相のあいさつが終わると、脇田座長は打ち合わせどおりに尾身氏を指名した。

「私どもの全体の考え方や戦略を示させていただきたく機会をいただけないでしょうか」(分水嶺36ページ)

加藤厚労相は、専門家会議として「見解」を公表することも、「専門家有志」ではなく、「専門家会議」として出すことも、すんなりと受け入れてくれた。

官僚が最後まで渋っていた「瀬戸際」も盛り込まれた

尾身氏は、加藤氏ならわかってくれるという期待があった。前日まで抵抗した官僚たちの雰囲気が、会議が開かれる朝になって明らかに変わっていた。確証はないが、大臣の意向があったのかもしれない。

この日、公表された「見解」には、「これから1~2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」と記されていた。官僚が最後まで渋っていた「瀬戸際」も盛り込まれた。専門家会議のたびに、見解や提言を説明する記者会見が開かれるようになったのは、この日からだ。

官僚が長年築いてきた霞が関の“常識”の一角が崩されていく。

尾身氏:
「事前に官僚に見解案を送ったのは、彼らと信頼関係を築きたいから。受け入れてもらえなければ、対策が実行されませんから。一方、こういった場面で私たちが動けば、必ず反作用はあります。国や政府が嫌がることでも、だれかが言わないといけない。だとすれば、老い先短い私でしょう。こういうときは、自分に対して、『まさかお前、処世術を考えているんじゃないだろうな』と問いかけるんです。覚悟のうえの判断ですから、批判されてもいいわけです」

尾身氏が、最もこだわってきたことのひとつが、専門家と政治家の役割分担だ。専門家は科学的な側面から対策を助言・提言し、最終的な判断は政治家が下す。WHO(世界保健機関)時代に学んだパンデミック時の政策決定システムの要諦だ。

ところが、その要諦が見事に覆される「事件」が起きる。尾身氏が「手足をもがれたようで、非常に危機感を抱いた」と、政治への不信感を抱く転機となった。

政府の「Go Toトラベルキャンペーン」をめぐる動きだ。

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