専門家は、地域のステージの判断には介入しないということだ。審判とプレイヤーが同じなのは理屈に合わないというのも理由のひとつ。だが、もっと大きな狙いは、官邸や都道府県の首長のリーダーシップへの期待だった。だが、この一文が自らの手足を縛ってしまうことになる。
「実際には最も感染が拡大しているステージ4であるのに、私たちは何も言えないわけです。記者会見で、どの地域がステージ4なのか、よく尋ねられました。分科会会長としては明言できない。でも、説明責任は果たしたいから、『個人的には』と断って言う。これが悩ましかった。東京は昨年末、明らかにステージ4でした。国と都のさや当てが始まっていたから、だれも判断しようとしない。結果的に、緊急事態宣言が遅れてしまった。国や自治体の長に『リーダーシップを』と繰り返しお願いしたのは、そのためです」
今年4月8日、分科会はそのステージ指標を改訂することにした。ここに新たな一文を盛り込んだ。
「分科会は、必要な場合には、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの評価を踏まえ、国や都道府県の迅速な判断に資するよう助言を行いたい」
政治的な思惑が絡んで、国や自治体の首長の判断が遅れるのであれば、専門家が関与せざるをえない。メディアはあまり注目しなかったが、専門家の助言に道を開いたのだ。
専門家の間にたまっていた不満
そして、3つ目の正念場は、今年5月14日の「基本的対処方針分科会」で起きた。
分科会といっても、従来の感染症対策分科会とは別のもの。緊急事態宣言など政府の方針を審議するために設置された、いわゆる諮問機関としての分科会だ。4月25日から東京、京都、大阪、兵庫に出された緊急事態宣言は延長され、この日の対処方針分科会では、新たな地域を追加する政府案が諮問されることになっている。
その前日のことだ。非公式に続けている専門家による「勉強会」で、尾身氏はメンバーにあえて問いかけた。それまでの対処方針分科会では、政府の諮問案を覆したことは一度もなかった。だが、専門家としてもっと言うべきことがあるのではないか。そんな思いからだ。
ちょうど議論が交わされているころ、政府の諮問案がネットで流れた。感染が拡大している北海道、広島、岡山に緊急事宣言ではなく、まん延防止等重点措置を適用するらしい。これを認めてしまっては、歴史の審判に堪えない。
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