毒で人間さえ殺すヒアリの「意外な天敵」の正体 無敵生物VSアメリカ、勝つのはどっちだ?

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おそらく、幼虫が宿主の体内でなんらかの化学物質を放出し、その行動を変化させているのだろう。アリは餌を採りにいかなくても、仲間から食べ物を分けてもらえる。宿主がエネルギーを浪費しなければ、寄生虫が成長を遂げられる可能性はより高くなる、というわけだ。

アリの頭部でいよいよ3齢(終齢)にまで成長すると、幼虫は酵素を使って自分が入っているアリの頭部を切り落とす。そして、地面に落ちた頭の中で脳などの内容物を食べ尽くして蛹(さなぎ)になる。さすがに頭が落ちればアリは死に、その死体は仲間によって巣の外に捨てられるが、このときハエの蛹もアリの頭部と一緒に外に運ばれる。

そして、蛹になってから2〜6週間後、蛹からハエの成虫が羽化し、アリの頭部を突き破って外界に出現し、交尾と産卵のために飛び去るのだ。タイコバエの成虫の寿命は3〜5日だが、その間に1匹の雌が200匹近くものアリに卵を産みつけるという。

タイコバエとヒアリが同じ地域にいれば、ハエの捕食圧でヒアリの数が減る。また、寄生によるアリの採餌行動の減少や攻撃性の低下は、ヒアリと競合する在来の生物にとって有利に働くことだろう。

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実際、タイコバエをはじめとしてヒアリの天敵が多く存在する原産地の南アメリカでは、多様な生物たちが食ったり食われたりしながら、それなりに安定した生態系を形づくっている。そこでは、ヒアリはアメリカ国内の5分の1から7分の1の数しかいないそうだ。

これまでのところ、タイコバエのアメリカへの導入実験は、ある程度うまくいっているとみられている。

ただ、あくまで局地戦での成果であり、アメリカを広く侵略したヒアリに壊滅的な打撃を与えるまでには至っていない。そこで、科学者たちはヒアリに特化した微胞子虫(極めて特殊化した菌類)、細菌、ウイルス、さらには遺伝子操作を施した新型の天敵の戦線投入を検討しているという。

本当の悪魔は誰か

このように、ある生物に天敵をぶつける生物防除は、化学薬品の無秩序な散布よりはマシなのだろう。しかし、この方法にしても、生態系のバランスの破壊であることに変わりはない。

生態系は大小さまざまなブロックが積み上がってできたジェンガのようなものだ。そのジェンガのある部分からブロックを引き抜いたらどうなるか。逆に強引にねじ込んだら? ハエの大発生くらいのことで済めばいいのかもしれないが、新たな『沈黙の春』が起きないともかぎらない。

ヒアリやタイコバエからすると、自然を思うがまま征服しようとする人類こそ、よほど悪魔に見えるかもしれない。

大谷 智通 サイエンスライター、書籍編集者

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おおたに ともみち / Tomomichi Ohtani

1982年生まれ。兵庫県出身。東京大学農学部卒業。同大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻修士課程修了。同博士課程中退。出版社勤務を経て2015年2月にスタジオ大四畳半を設立し、現在に至る。農学・生命科学・理科教育・食などの分野の難解な事柄をわかりやすく伝えるサイエンスライターとして活動。主に書籍の企画・執筆・編集を行っている。著書に『増補版寄生蟲図鑑 ふしぎな世界の住人たち』(講談社)、『眠れなくなるほどキモい生き物』(集英社インターナショナル)、『ウシのげっぷを退治しろ』(旬報社)など。

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