シャープの新「補聴器」画期的だが心配な5つの訳 期待市場に低価格・多機能で参戦したからこそ

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価格破壊と既存製品と大きく異なる機能を備えた差別化戦略で新市場を開拓する。この2点を見るにつけ、世界初の電卓を生んだシャープの歴史を思い起こさせる。

1960年頃、創業者・早川徳次氏の名番頭で2代目社長を務めた佐伯旭氏は、「八百屋の奥さんにも使ってもらえるような電子ソロバンを目指せ」とビジョンを掲げた。

この言葉の背景には、2つの理由があった。1つは、当時、コンピューターが商店街の店主では手が届かない桁違いの高価格で、専門知識がないと使えなかったという実情。もう1つは、シャープは大型コンピューターの開発を目指していたのだが、当時、通商産業省(現・経済産業省)が国家プロジェクトとして取り組んだ国産コンピューターの開発助成制度の対象から同社が外されるという不運があったことだ(超高性能電子計算機プロジェクトに選ばれたのは、富士通、日立、NEC、東芝、三菱電機、沖電気の6社)。

栄光の歴史復活に漂う5つの懸念

そこで、シャープは「いつでも、どこでも、だれにでも」使える計算機へ舵を切り、1964年に電卓「コンペット」の開発に成功した。それでも53万5000円もの値をつけ、一般消費者にとっては高嶺の花。その後は驚異的スピードで技術革新を展開し、1969年には小型軽量の電卓を9万9800円で売り出すことに成功する。電卓という新市場を創造するだけではなく、省電力、省スペース化をはかるために開発した液晶ディスプレイと太陽電池は、同社の次世代主力事業となる。

話を今回発表された補聴器に戻すと、まさに電卓で実現した栄光の歴史の復活にも受け取れるが、冒頭に記したとおり突っ込みどころもある。次の5点だ。

① ターゲットを絞り込むことで、より大きな成長市場を見過ごすことにならないか。
② 「補聴器のシャープ」というブランドを定着させることができるか。
③ 多機能を強調することにより、補聴器としての打ち出しが弱くならないか。
④ 使用者を見る周囲の目を気にしているか。
⑤ 価格競争に巻き込まれてコモディティー化しないか。

まず、①ターゲティングについてである。「メディカルリスニングプラグ」を市場導入するにあたり、シャープはある変化に気づいた。

難聴自覚者の補聴器の保有率は14.4%にとどまっており(2018年日本補聴器工業会調査)、軽度・中等度の難聴自覚者に限定すると、補聴器を所有していない人は1134万人に達する。この層で、コロナ禍リモート(テレ)ワークの普及によるニューノーマル生活のもと、ビデオ会議やマスク装着、パーティション越しの会話で不便を感じる人が増大している。

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