円安のコストは誰が負担したのか
もちろん、円安政策は、本当は安上がりではない。誰かが損しているのだ。では、誰が損しているのか? それは国民である。もう少し正確に言えば、労働者と消費者だ。円安とは、労働者が1時間働いて得られる賃金が、ドルで評価して安くなることを意味する。だから、円安になれば、1時間働いて得られるガソリンや食料が少なくなる。その意味で円安政策は、消費者に税をかけ、税収を輸出企業に与えるのと同じものである。
しかし、そうであることはわかりにくい。日本は島国なので、円安で自分たちが貧しくなることを実感しにくいのである。これと対照的なのが、ユーロ加入前のドイツだ。ドイツの労働者は、バカンスを南ヨーロッパで過ごす。マルク高になればバカンスは豊かなものになることを、ドイツ人は日常的な生活感覚として実感できた。それゆえに、ドイツ人は強いマルクを求めた。
しかし、日本では、円安に対して批判が起こることはまずない。その半面で、円高は国難のようにみなされる。今に至るまで、そうした不思議な性向は、何も変わっていない。
以上が、マクロ経済政策をめぐる政治経済学だ。経済学者は、こうした側面にはほとんど無関心だ。しかし、現実の経済政策の方向を決めたのは、以上で述べたような政治経済学的バイアスである。90年代以降の日本は、このバイアスゆえに外需依存経済にのめりこみ、そして、「失われた15年」の後半に突入することになったのである。
【関連情報へのリンク】
・財務省外国為替平衡操作の実施状況
・財務省日本の財政関係資料
・日本銀行時系列統計データ
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授■1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省(現財務省)入省。72年米イェール大学経済学博士号取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より現職。専攻はファイナンス理論、日本経済論。著書は『金融危機の本質は何か』、『「超」整理法』、『1940体制』など多数。
(週刊東洋経済2010年6月26日号 写真:今井康一)
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