東京五輪に感動した人は、政府を信頼するのか? 3000人の対象の追跡調査からわかった真実

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しかし、ジャズピアニストの大江千里氏によれば「アメリカに住んで13年になるが、オリンピックに夢中になる人を見掛けたことがない。そもそも今、東京五輪が開催されていることすら知らない人もいる」(※4)。

アメリカではオリンピック視聴者が激減

実際にアメリカでのオリンピック開会式の視聴者数は、ここ10年間でロンドン(2012年)が4070万人、リオ(2016年)が2650万人、そして東京が1700万人と激減している(※5)。

競技の視聴率も東京オリンピックは非常に低いと報道されており、アメリカでの東京オリンピックの関心が低いことがわかる。これは、吉報である。商業的に価値がないとされるならばテレビ局はオリンピックから離れていく。スポンサーを失えば、オリンピックの規模は縮小せざるをえない。そうなれば、昔ながらのアマチュアによる地味なオリンピックに戻っていくことであろう。

アメリカでの視聴率を高めるために、アメリカの人気スポーツシーズンと重ならないように無理な日程や時間帯にオリンピックが開催されることはない。プロのアスリートが本業であるシーズンの只中にオリンピックに駆り出されることもない。現役のメジャーリーガーであった松井秀喜選手はオリンピックを辞退した。本業とオリンピックの板挟みの中で、松井選手が一身に受けた批判や、彼が感じた苦悩を思うと胸が痛む。プロ選手がこのような苦悩を感じる必要はない。大谷翔平のようにメジャーリーグでニコニコと楽しげにプレーすればよい。

メジャーなプロスポーツ選手でなくても、選手は精神的に厳しい状況に置かれている。競泳男子で5冠となったケーレブ・ドレセル選手は「正直に言えば、誰も自分の名前を知らないときのほうが競泳が楽しかった」と告白した。IOCによればトップ選手の49%が睡眠障害、33.6%が不安や「うつ」の症状に苦しんでいる(※6)。

一方でマイナー競技にはオリンピックの意義を見いだすことができる。例えばスケボー選手の初々しさ。岡本碧優選手が果敢に挑んだ大技に失敗した直後、ライバルたちが集まり岡本選手を抱き寄せ抱え上げた。年齢や国を超えて人としてスケボー仲間を認め合う純粋さと温かさ。解説者のフランクな言葉には競技と仲間への愛があふれる。

彼らはメダルにこだわらず、仲間と切磋琢磨し楽しみながら技を磨く。自由な空気をまとった若者たちの姿が眩しい。日本代表コーチの早川大輔氏によれば「僕らにとってはとにかく楽しむことが重要なんです。僕らのそういうスタイルをみて、逆にオリンピックが変わってほしい。スケボーからオリンピックのカルチャーを変えてやる。そのくらいの気持ちでやっています」(※7)。若者たちは今後のオリンピックの方向性を教えてくれた。

「スター」がいない地味「オリンピック」でも、人々にもたらす感動は何ら変化しない。商業主義から離れることにより、ホスト都市の住民が税金として負担する支出の費用対効果は見違えるように改善される。そして、人類にとっての「オリンピック」の価値は高まっていくことだろう。「2020東京」はオリンピックの曲がり角となる大会として歴史に刻み付けられる。

(※1)「菅首相の『再選戦略』、コロナと五輪で狂った目算」2021年7月22日 東洋経済オンライン
(※2)Dolan, Paul et al., 2019. "Quantifying the intangible impact of the Olympics using subjective well-being data," Journal of Public Economics, Elsevier, vol. 177(C).
(※3)『IOCバッハ会長「日本勢の活躍で国民感情が好転』 五輪の視聴率について持論」「東京新聞」2021年7月30日
(※4)「大江千里が「アメリカで感じた東京五輪の空虚さと違和感」「ニューズウィーク日本版」、2021年8月3日
(※5)安倍かすみ「米オリンピック視聴率激減が示すこと。アメリカ人は本当に五輪を観なくなった?それとも・・・」2021年8月7日
https://news.yahoo.co.jp/byline/abekasumi/20210807-00251941
(※6)「選手の心身負担 問われた五輪 メダル重圧・SNS中傷・酷暑の開催 高まるケアの重要性」「日本経済新聞」2021年8月8日
(※7)「『勝つことが一番』の日本『スケボーから変える』。堀米雄斗のコーチが問う、勝利だけでは得られないもの」「ハフポスト」2021年8月10日
山村 英司 西南学院大学経済学部教授

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やまむら えいじ / Eiji Yamamura

1968年北海道生まれ。1995年早稲田大学社会科学部卒業、1999年早稲田大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2002年東京都立大学大学院社会科学研究科経済学専攻単位取得退学、2003年西南学院大学経済学部専任講師、助教授、准教授などを経て、2011年より西南学院大学経済学部教授。博士(経済学)。専門は行動経済学、経済発展論。

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