ウィシュマさんへの「残酷な扱い」が起きた仕組み このまま終わっては同じことが繰り返される

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こうした「何が何でも本国に送還する」ことを目的としたシステムの下では、入管職員は上から与えられた命令に従うだけで、ゆえに残酷になりがちだ。

1963年にアメリカで行われた実験は、いかに権威者による命令によって個人が他者を死に至らしめるような残酷な行動に走るかを証明している。イェール大学の心理学者、スタンレー・ミルグラムが行ったこの実験では、実験で公募した40人に対して、同じく公募で集めた被験者に対して電気ショックを与えるよう命令したところ、26人が最大量の電気ショックを与えることに従った。

ミルグラムはこの実験について、「普通の人が、自分の仕事をしているだけで、とくに敵意もなく、恐ろしい破壊的なプロセスのエージェントになってしまう」と書いている。つまり、ウィシュマさんの死についても、責任がより重いのは職員や看守ではなく、彼女を収容するように命令を下した入管上層部や、入管システムそのものにあるのである。

つまり、法務省が説明責任を果たさず、根本的な原因に向きあわなければ、ウィシュマさんに起こったことが将来、ほかの人に再び起こる可能性は高い。それは外国人かもしれないし、日本人かもしれない。

ウィシュマさんの妹が語ったこと

7月1日、アメリカ国務省は「2021年人身売買報告書」を発表した。その際、8人の人物が表彰された。そのうちの1人がウィシュマさんの家族の弁護士である指宿昭一氏だ。指宿さんのために東京で開かれたパーティーでは、ウィシュマさんの妹のワヨミさんがスピーチをした。そこで彼女はこう語った。

「仏教の偉大なる尊師であるお釈迦様がこのように教えてくださった言葉があります。『憎しみは憎しみで消えず。憎しみは愛することによってなくなる』。この貴重な言葉を大切に思い、姉であるウィシュマ・サンダマリの命を粗末に扱った方々にも、もう二度とほかの誰かに同じようなことをしないでほしいとお願い申しあげます」

上川法務相や佐々木聖子出入国在留管理庁長官、そして、ウィシュマさんの死に責任がありながら氏名さえ明かされない官僚たちは、この言葉に何を思うだろうか。

レジス・アルノー 『フランス・ジャポン・エコー』編集長、仏フィガロ東京特派員

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Régis Arnaud

ジャーナリスト。フランスの日刊紙ル・フィガロ、週刊経済誌『シャランジュ』の東京特派員、日仏語ビジネス誌『フランス・ジャポン・エコー』の編集長を務めるほか、阿波踊りパリのプロデュースも手掛ける。小説『Tokyo c’est fini』(1996年)の著者。近著に『誰も知らないカルロス・ゴーンの真実』(2020年)がある。

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