「民主主義」「人権」に絶対的価値は存在しない あふれるフェイクニュースから真実を見いだす方法
最近のフェイク・ニュースといわれるものは、IT革命によってもたらされたもので、主として新聞やテレビなどの、これまでのマスメディアからもたらされたものではない。とりわけ話題をつくったのは、2016年のアメリカ大統領選の際のトランプ陣営の選挙誘導の問題である。NHK取材班による『AI vs.民主主義』(NHK出版新書、2020年)を見ると、トランプ側がソーシャルメディアネットワーク(SNS)を使った、かなり悪辣で巧妙な選挙戦略を行っていたことがわかる。
SNSでは、自己の意志にしたがって情報を選択することができるのだが、一方で好みそうな情報に振り回されることになる。好ましいものを選択することで、かえって好ましい情報だけが送られてきて、そこから出られなくなるのだ。生み出された情報の閉塞性は、自己中心のフェイク情報の温床となりやすい。しかも、それがどんどん拡大していくのであるから、もはやその情報が誤謬だとは気づかない。とりわけ若い世代では、選挙の情報源としてテレビや新聞を参照していない。
「大量破壊兵器の存在」というフェイクによる犠牲
となると、個人にとって都合のよい情報だけが流れ、それが真実だと思わされることになる。最近大学でも学生のレポートに、「自分的に考えれば――」という表現が多くみられるが、講義で提供された知識ではなく、自分の知識だけで考える学生が多くなっている。これでは大学で学ぶ意味はあまりないのだが。
フェイク・ニュースの中でも有名なのが、2003年イラク戦争の勃発の原因ともなった大量破壊兵器の存在というニュースである。戦争に関してはつねにプロパガンダが付きまとう。国際的査察団による査察では発見できなかったのだが、アメリカが強引に主張したことで存在することになり、戦争が始まり、多くの犠牲者を出した。終わった後でなかったですまされるはずはないのだが、このアメリカによるフェイク・ニュースは、ITではなく新聞やテレビという、これまでのメディアの中で流布したものである。
その中でも悲惨な戦争は、10年近く続いたユーゴスラビア紛争である。私個人ユーゴスラビアに留学していた経験があるので、とりわけこの紛争について語るのは心が痛む。この紛争は、イラク戦争やアフガン戦争にいたるプロパガンダ作戦の始まりともいえる。
1989年のベルリンの壁の崩壊の後、ドミノ現象のように東欧諸国の社会主義体制が崩壊した。この崩壊を民主化として喧伝することが一般的であるが、実際には、政権崩壊後の国家破綻にすぎなかった。とりわけユーゴスラビアは連邦国家であったことによって民族対立の危機に遭遇し、危機的状況にいたる。
民主化は、たとえ好まれるとしても、それ自身正義ではない。それが普遍的な価値となると大きな問題を引き起こす。言ってみれば、民主化とは西欧的価値観の押し付けにすぎないのだが、西欧的な価値観を有していない地域、とりわけバルカン地域においては、国家の崩壊直後にただちに民主化を実現することは、そのまま国家の分裂と民族間の憎悪へと進む可能性を秘めていた。
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