乙武:でも、本来はそうであってはいけない。そう考えると、望むと望まざるとにかかわらず、今の日本では障害のことなら僕が、貧困のことなら湯浅さんが、社会に対しての入口になってしまっている部分があると思うのです。その入口である人間がどういう風体をしていて、どれくらい親しみやすい人間かは、みなさんが入口をくぐってみようと思うか思わないかを大きく左右する。だから身なりの話は、くだらないことのように見えて、実はけっこう大事なのかなと思っています。
湯浅:それ、いつ気がつきました?
乙武:『五体不満足』(講談社文庫)の中に、「障害者ももっとおしゃれをしたらいいのに」と書いた章があるんですね。僕自身、すごく洋服が好きだったのもあって。それに対して「本当にそのとおりだと思います」とか、「乙武さんのように障害のある方がオシャレ好きだなんて意外でした」という反響をいただいて、「あ、これは大事だな」と。
賛同者を増やすことの必要性
湯浅:そういう声を聞いたら、それをすぐ受け入れる柔軟さを持っていたのですね。私がそう思えるようになったのは40歳を超えてからです。内閣府の参与を務めたときに、「政策を実行するということは、反対する人の税金も使うということだ」と思ったんですよね。
たとえばホームレスの人の炊き出しなんかをやってると、怒鳴り込んでくる近所のおばさまがいる。「アンタたちがそんなことをするから、この公園にホームレスが増えるんじゃないか。汚れるし、子供も遊ばせられなくなるじゃないか」って。もちろん丁寧に対応するけれど、心の中では反論しているんですよ。「こっちは生きるか死ぬかの問題なんだよ」みたいにね。
でも参与をやっているとき、ふと思ったのは、あの怒鳴り込んできたおばさんの税金も使うんだよな、と。あのおばさんが「そんなことに税金を使うなら、あたしは税金を払わない」と言っても、税務署は差し押さえることもできちゃうんだよな、と。
乙武:確かに。
湯浅:そう考えると、あの人も利害関係者として認めないといけないし、それが公的なことをやるということなんだと思ったら、少しでも賛成してくれる人をいかに増やすかを考えなくちゃいけない。賛成とまではいかなくても、せめて強固に反対しないくらいになってくれるといい。そのためにやれることは、なんなのか、いろいろな方法を考えないといけない。
私はそれまで合意形成ということを、ちゃんとまじめに考えたことがなかった。だけどこれからは、まったく相いれない価値観の人とどう合意を形成していくのか、交渉学とかファシリテーションとか、そういうことも本気で考えないといけないと思いましたね。
乙武:湯浅さんは何冊も著書を出されていますが、いつもそのときの自分の考えを凝縮して、1冊の本を執筆している。ですから、どの本も、書いた時点ではウソは1ミリもないと思うんですよ。ところが今、参与を経験された湯浅さんが、たとえば最初の本を読み返すと、きっと疑問に思う点がたくさん出てくるのではないでしょうか。
湯浅:それはもう、満載です。
乙武:そこがきっと参与をご経験なさった財産なのかなと思うんですよね。あれだけすばらしい活動をされてきて、知見がたまってきた。それを基に世の中を動かすには、価値観の異なる人ともぶつかりあって、着地点を見いだして合意形成をしないといけない。それこそ僕らが今、向き合わなければいけないことなんだ、というふうに変化してきた。ご著書を連続して読むと、その変化がすごくリアルに伝わってきます。
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