テスラの「欧州進出」を全力で拒むドイツの勢力 シリコンバレー流の高速経営を阻む欧州の伏兵
ゼネラル・モーターズ(GM)は2017年、数十年と赤字を垂れ流してきたヨーロッパのオペル/ボクスホール事業を現在のステランティスに売却した。ヨーロッパ・フォードもシェアの低下を食い止めるのに苦労している。ヨーロッパ連合(EU)域内における同社のシェアは今年5月時点でわずか4%にすぎなかった。トヨタ自動車でさえ同地のシェアは6%と、アジアやアメリカ市場の人気には到底及ばない。
テスラのイーロン・マスクCEOが、年間50万台の生産を可能にする第3の大規模完成車工場の建設地にドイツを選んだのは、1つには世界の高級車市場を席巻するメルセデス・ベンツ、アウディ、BMWの背後にある技術的なノウハウにアクセスしたいと考えたためだろう。マスク氏は昨年の上棟式に、黒のベスト、白いシャツ、つば広の帽子というドイツ職人の伝統的いでたちで出席した。
計画に立ちはだかる環境保護団体
だが、この装いの裏には根深い文化対立が広がっていた。
工場のあるオーダー=シュプレー郡の郡議会議員ロルフ・リンデマン氏は次のように指摘する。「一方には、新しいアイデアを少しでも速く実行に移そうとするアメリカ流の熱気がある。その一方では、物事を熟考し、結果まで見通してリスクを最小化しようとするドイツ流のやり方がある。全体を深く分析するのがドイツ流だ」。
マスク氏の計画が遅れるのは、今に始まったことではない。マスク氏はこれまでも、テスラの自動運転、電動の長距離トラック、スペースXの宇宙船打ち上げに関し過度に楽観的な予定を発表しては延期を繰り返している。
しかし今回の遅れは、ドイツ文化の洗礼が予想外に厳しかったことが原因といえそうだ。ドイツという国には、執念深い環境保護活動家がわんさかといる。例えば、工場から約10キロメートルの場所に住む61歳の元労働組合活動家マヌエラ・ホイヤー氏など少数の人々は、今からでもこの工場を中止に追い込めると考えている。ただ、工場は完成に近づき、内部では機械設備の設置が進められているため、中止は現実的ではない。
「世界第2位の富豪が現れると、あの人たちはレッドカーペットを広げて、求められたものをぜんぶ差し出す」。工場の敷地に侵入したとして罪に問われたことのあるホイヤー氏はそう批判する(同氏に対する告発は取り下げられている)。「それこそ本当の犯罪だ。環境に対してだけでなく、ここに住む人々に対しても罪を犯している」。
ホイヤー氏は、テスラの工場建設計画を監視する小規模な市民団体のメンバーだ。同計画に関する公聴会で意見を述べたり、地元当局に強烈な嘆願書を送ったり、水質汚染防止など地元の条例に抵触したと考えられる動きが建設現場で見られるたびに警察に通報したりしている。
さらに、ドイツ自然保護連盟(NABU)、グリーンリーグという2つの環境保護団体もテスラを相手取って訴訟を起こし、建設現場の砂地に生息するトカゲとヘビを安全な場所に移動させるよう迫っている。どちらも、ドイツとヨーロッパの法律で絶滅危惧種に指定されている生物だ。