早稲田政経が粉砕「数学不要論」の先にある大革命 「暗記中心」の教育から脱却してプロセス重視へ

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最後に私立大学文系学部が、とくに理系学部のない私立大学の文系学部が入試で数学を必須にしたり、入学後の数学教育を必修にしたりするような場合、いろいろな問題に直面するはずだ。

要するに、かつてあった教養課程が廃止されたことによる弊害があるのだ。諸悪の根源は、1991年の「大学設置基準の大綱化」であると言いたい。一般教育科目36単位以上、専門教育科目76単位以上、外国語科目8単位以上、保健体育科目4単位以上という卒業要件は廃止され、総単位数124単位以上のみの規則に変更されたのである。

核心は、それまでの一般教育と専門教育の区分をなくし、必修として学んでいた文系向けの数学を、ほとんど選択科目にしたことだ。

当時、「アメリカでは、大学入学と同時に専門教育を集中して学べる。それに対して日本は、アメリカのように早い時期から専門教育を受けることができない。日本の大学の問題はここにある」という一部“識者”の誤った話を散々聞かされたことを思い出す。

これは、数学的な考え方が基礎にあるリベラルアーツ教育を大切にするアメリカの実態とは随分掛け離れたもので、結局、そのような誤情報のお陰で91年大学設置基準の大綱化が決定した。

その後、予備校の生徒と一緒に授業を受けさせて専任教員に勤務実態のない大学や、入国管理局から「不法就労・犯罪に走らせて社会不安の拡大に加担しているといっても過言でない」と批判された大学など、不思議な“大学”が続々と誕生したことを思い出す。

数学力の問題は教育システムの欠陥

ここで訴えたいことは、「大学設置基準の大綱化」によってズタズタになった教養課程の教育を、時代にマッチした形で復活させることである。それによって、入試問題の作問や入学後の数学教育を実施するときの障害はだいぶ少なくなるだろう。

そのように推移する場合の重要なことを指摘したい。それは、私大文系学部専門に入学試験を準備してきた学生は、中学数学あたりからまったくわからない者が少なくないことである。このような学生の数学力の問題は、本人の責任というよりは、むしろ日本の教育システムの欠陥ということを強く訴えたいのである。

したがって、算数の復習になるような問題を入試に出題しても、入学後の教育は算数の復習から始めても、一向に構わないという確固たる信念をもつことが大切だろう。そこでは、単に「やり方」の暗記で済ませるような問題や教育ではなく、プロセスの理解を大切にするような問題や教育を重視すべきなのだ。

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