五輪は本当に可能?分科会委員が語る議論の真相 政府の感染症対策に精通する岡部信彦氏に聞く

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縮小

このオリンピックのコアをめぐる議論から、岡部が考える、もう間近迫った東京オリンピックのあるべき姿が見えてくる。

「個人としては、2020年に開催予定だったオリンピックをどうするか、延期が決まる前から、やる、やらないではなくて、規模を縮小して小さいスケールであれば“コアのオリンピック”はできるのではないかとずっと言い続けてきた。2021年にはできるのか、と話題になったときに、感染症だけ考えれば、厄介なものはないほうがいいけれども、やるとすれば、との前提でコアを残した開催を考えておくべきだと言ってきていた」

規模の縮小。それは分科会でも話し合われたことだったのか。すると、岡部は語気を強めて言った。

「分科会やアドバイザリー・ボードでは、オリンピックの話はテーマとして出ていない。分科会の自分の立場としてもそうだけれども、オリンピックのために感染症対策をやっているんじゃないんですよね。対策の結果として、オリンピックをどうするか、という次の話になるわけだから。やる、やらないを含めて、それはそっち(開催する側)で決めてください、という姿勢だった。

打ち出した対策の結果、うまくいっていないのならオリンピックはできないという判断があるし、うまくいっているのならできるという判断がある。われわれはオリンピックのために感染症対策を話し合っているのではない。目的が違っているんですよ」

五輪を開催するためにアドバイスする立場に

ところが、昨年9月に内閣府に「東京オリンピック・パラリンピック競技大会における新型コロナウイルス感染症対策調整会議(協議会)」が立ち上がったことで、岡部の置かれた状況も変わってきた。

「協議会に医学的アドバイザーとして入ることを依頼された。そうなると、そこではオリンピック開催のためにアドバイスをしないといけなくなってくる」

感染症対策全体を見る立場から、オリンピックを開催するためのアドバイザーの役割が加わる。ということは「政府はオリンピックをやるつもりなのだ」と岡部はこのときに強く感じたという。その岡部の言葉を深読みすれば、このころには国が開催の決意を固めていたことがわかる。安倍晋三首相が辞任を表明し、菅首相が誕生する間のことだった。

「そこでの立場は、開催を前提にオリンピックのときにどういうふうに対策をやりますか、とアドバイスを求められる。分科会とは立場が違う。

ただし僕は分科会のメンバーだし、分科会と真っ向反対の意見を言うこともありえないわけだし、それに沿った形でアドバイスをしますと申し上げたうえで加わりました。そこには大会組織委員会の人や、アスリートの代表や、東京都の人もいるし、いろんな人の立場でオリンピックをやるにはどうしたらいいか、議論があった。そして中間報告の形で『プレイブック』の第1版と第2版を出していった。

それが次に今年に入って、大会組織委員会のほうから感染症の専門家によるラウンドテーブル(円卓会議)をつくるからと、また呼ばれた。組織委員会で呼ばれたら当然、もう1つの立場ができてくる。しかし、ここでも『自分は分科会のメンバーであり……』ということは申し上げています」

余計なものはないほうがいいとしつつ、余計なもののために知恵を絞る。それは岡部自身が余計なものを抱えて面倒なことになるのではないか。

「同じことは記者会見でも記者から聞かれました。苦労というより、分科会とラウンドテーブルで立場や意見が矛盾はしないか、と。

だが、僕は2つの帽子をかぶっている覚えはないと答えました。感染症対策として必要なことをやる、やらないで意見は言っているが、どちらに行っても僕の基本的な意見は同じ。それで有志として提言した内容も、これまで自分で言ってきたことと離れているつもりはない。一貫して同じ意見です。

ただ、ラウンドテーブルのほうは座長を依頼された。座長は、その中のメンバーの意見をまとめるのが役割なので、自分の意見のみを前面に出すことはしてはいけないし、やるべきではない。となると、最終的にラウンドテーブルの意見としてまとまったものが、自分の意見と違うことはありえます。ただ、結果としてそういうことはなかった」

そこで次の問題にさしかかる。取り扱う対象へのアプローチの違いに、欠落したものが見えてくる。

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