180万円はどこへ消えた?「保育士給与」の不可解 明らかになった「地域ごと人件費」で見えること

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自治体の議会も紛糾している。筆者の知る範囲だけでも、これまでの間、宮城県仙台市の樋口典子市議、東京では杉並区の松尾ゆり区議、荒川区の横山幸次区議、品川区の田中さやか区議などが議会で委託費の弾力運用を問題視している。今回の通知改定をきっかけに問題追及に弾みがつき、6月7日には東京都小金井市議会で白井亨議員が市内の私立認可保育園の財務情報と人件費比率、賃金実績を集計して質疑した。

白井議員の調べによれば、小金井市の公定価格の人件費額は年424万円(処遇改善費は含まない)。一方の市内の認可保育園の賃金の実績(処遇改善費を含む)は社会福祉法人(NPO法人を含む)で約424万円、株式会社は約381万円だった(処遇改善費も含む)。本来その園で使うべき委託費が年間で5000万円を超えて流用されている保育園があることも白井議員によって指摘され、「保育の質の向上」について市の姿勢が問いただされた。

通知改定で地域別の人件費がわかったことは大きな前進だ。そもそも、この人件費額は必要な費用が見積もられて認可保育園に支払われている。保育園の人員体制と賃金実額の関係の実態を調査し、その賃金額に妥当性があるかどうかの検証が必要だ。

処遇改善のために税金が使われているのか検証すべき

また、東京都は保育士1人当たり月額で4万4000円もの独自の処遇改善を行っており、その恩恵を受けるはずの23区の賃金の実績はそう高くない。東京都に隣接する千葉県内を見ても、浦安市では月に最大で6万円、松戸市は最大で月7万8000円を独自に上乗せしている。それらが行政の意図したように処遇改善のために使われているのか、各地の賃金実績もより詳細に検証する必要がある。

今回の通知改定について、内閣府は「監査に使うものではない」と強調するが、人件費を削ってまでして儲けようとする事業者の排除のためにも、今後は監査基準にしていく必要があるのではないか。

保育園は主に税金を原資として運営されている。保育士の処遇改善のための正しく税金が使われ、保育士の処遇が改善されることは、子どもたちのための保育の質が向上することにつながる。

子育てに投じられている国の予算は全体で3兆2000億円。そのうち、保育園や幼稚園、認定こども園、小規模保育園などの保育に要する基本的な運営費は合計で約1兆4000億円に上る。税金の正しい使い道としても、保育の質の向上としても、保育士の人件費の問題は決して他人事ではなく、社会全体で目を向けていきたい。

小林 美希 ジャーナリスト

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こばやし・みき / Miki Kobayashi

1975年、茨城県生まれ。株式新聞社、週刊『エコノミスト』編集部の記者を経て2007年からフリーランスへ。就職氷河期世代の雇用問題、女性の妊娠・出産・育児と就業継続の問題などがライフワーク。保育や医療現場の働き方にも詳しい。2013年に「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。『ルポ看護の質』(岩波新書、2016年)『ルポ保育格差』(岩波新書、2018年)、『ルポ中年フリーター』(NHK出版新書、2018年)、『年収443万円』(講談社)など著書多数。
 

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