2020年にがんで逝った男がブログに遺した生き様 オンラインゲームに生きた「光のお父さん」作者

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オンラインゲームを始めた当初はサブキャラにすぎなかった。けれどFF14の世界で「マイディーさん」を眺めて、操作して、仲間と交流してみると、「自分を取り戻したような気になれ」た。その感覚は、肉体ががんと抗がん剤治療のダメージを抱え、ログインすら難しくなっても変わらなかった。むしろ、帰るべき場所としての思いを強くしていったようにも映る。

体調不良は熾烈を極めていく。痛み止めに服用された医療麻薬で思考が混沌とし、禅問答のような心の声に悩まされた。抗がん剤治療の副作用で穴が空いた腸を塞ぐ手術も受けた。退院した後もプレーできるのは30~40分が限界で、すぐに椅子から降りて寝る日々。9月には実家近くの病院への転院を決める。それでも余力があるかぎりログインした。ログインして「マイディーさん」になっても、拠点となるハウスにいるだけということも増えた。それでもログインした。

<きつい。毎日毎日、がんの傷みと戦ってる。
大の大人が声を出すほどに痛い。汗をかきながら歯をくいしばって耐えている。もう2カ月以上こんなだ。楽しかった日々が遠い。弱音も吐きたくなる。いたい。さみしい。
それでも、生きなければ。僕はマイディーだから。>
(2020年10月18日「がんの痛み。」/一撃確殺SS日記より)

「さようなら」がない意味を考える

マイディーさんが「マイディーさん」であることとともに重視したのがブログの更新だ。8月に入った頃からスクリーンショットを織り交ぜた更新が厳しくなり、一言だけで終わる日記が続くようになる。時間感覚を掴むのも苦しい時期があったが、それでも毎日更新の意欲は衰えなかった。前述のとおり医療麻薬で現実感覚も揺らぐようになったが、それも日記にした。

<一緒に入院生活がんばろう!って誓いあった仲間がいた。
しかし最近全然見かけない。
でもよく考えると、そんな人はいなかった。
そういう人が『いた』と思い込んでいるだけ。
そういうタイプの幻を見せられることがたまにある。
そんな人はいなかったのに、失った喪失感だけを感じる。
不思議で地味な神様の嫌がらせだ。>
(2020年9月23日「入院仲間。」/一撃確殺SS日記より)

緩和ケア病棟に移ったあと、しばらく長文やスクリーンショットつきの画像を載せていたが、11月半ばになると麻酔の効きが増したこともあり、意識を保つこともままならなくなる。11月21日、タイトルもつけられない極限のなかで「新し記じがけなあい。怪しい。なんとかせねぱ」と記したのが最後の更新だ。

次ページギリギリまで生きている側で思考したいという意思
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