ケインズ「一般理論」の「一般」に込められた真意 社会科学史上「最も影響力のある名著」の読み方

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その典型と言える絶対王政下のフランスにおいて、重農主義が起こる。重農主義とは当時の生産主義のことで、生産したもの(ここでは農産物)は生産した人のものであり、それが取引されることによって再生産が可能になり経済は回る、という自律的なシステムの発見であった。そのシンプルなモデルには身分の上下などは要しなかった。

むしろ農地農奴の囲い込みや保護独占貿易による搾取でマージンを得るシステムが経済を減速させうるという画期的な論考は、同時期に英国でも起こり、ジェントリーやヨーマンと呼ばれる地方の地主たちが主体となって重農主義的なモデルを体現していった。そして、アダム・スミスらによって自由主義経済学として確立することになる。

古典派経済学にとっての「一般」

自由主義経済学は文字通りの“革命“を引き起こす。フランス大革命、アメリカ独立、産業革命の背景にはそれまでの封建制の打破という側面があるが、共通したバックボーンとして自由主義経済学があり、いまの世界のスタンダードである国民国家の誕生を可能にした。平等な国民が自由に経済活動を行えば、国家と私家は自律的に豊かになり、秩序が自然に調和する。この考えはモダン(現代的)であり、いまなお理念として美しいものではないだろうか。

そして自由主義経済学は英国で今でいう古典派経済学として高度に完成する。その中心地はアルフレッド・マーシャルを擁するケンブリッジ大学だった。

マーシャルらによって経済学は社会科学の女王の地位につく。それは理念的に美しく、機能論的には自律的な堅牢さを兼ね備えたもので、アダム・スミスの“神の見えざる手”を数理的モデルとして体現したものといえばイメージが掴みやすいだろうか。自由な市場があれば、最新コンピュータでの計算よりも早く正確に最良の取引を実現する。そして生み出された富は公平に分配され、効率的なものは生き残り不効率なものはやがて消え去り、社会に秩序がもたらされる。そのシステムの一員になれば、仕事につくことが容易になり、努力次第で裕福になることもできる。

また、その努力は同時に社会をより発展させることにもつながる。封建制の時代と比較して、それは明らかにそうであり、封建制以降の資本主義体制で蓄積された富ははるかに莫大となった。残る課題として、豊かになって生じた人口増に生産力が追いつくかといったものがいくつかあったが、おおむね経済学は完成された揺るぎない立場を得ていた。

自由と自律による自然な秩序の到来。人々が自由に経済活動を行えば行うほど自身も社会も豊かになる。大まかにいえば、これが古典派経済学にとっての「一般(=普遍的)」ということであった。

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