松たか子「テレビの枠に収まらない」大女優の格 「告白」以降際立つ「問題のある女」演じる解放感

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これは妄想だが、一時的に「脱・お嬢様キャラ」を意図的に図ったのではないか。品のいいお嬢様の枠からあえてはみ出すために、わかりやすくキャッチーにやさぐれた設定の女を引き受けたのかな、と。

松たか子が実際に喫煙者であろうとなかろうと、私にとってはどうでもいい。愛煙家の役ならうまそうに吸ってくれればいい。個人の嗜好より芝居の本質を問う世の中であってほしい。

その後の松たか子といえば、普通は「ロンバケ・ラブジェネ・HERO」を挙げるだろう。木村拓哉との共演三部作で人気を着実に上げたわけだが、思い入れがないのでスルー。松たか子は主役のほうが活きるということがよくわかった。

「問題のある女」になる解放感

さて、ここまで書いて、いつもより温度と湿度が低めの自分に気がつく。要するに、若い頃の松たか子にはあまり興味がなかった。むしろ年を重ねて、独立して個人事務所をたちあげてからの松たか子に、ぐっときている。

おそらく、映画『告白』で、殺された娘の復讐を遂行する母親を演じたときから、松たか子は「罪びと」の魔力を身につけたのではないか。「清く正しくあらねばならない」呪縛から解き放たれた感もあった。もとい、彼女が演じる「間違っている女」「問題のある女」に私が魅了され始めたのだ。

最大の転機というか、現在の松たか子の礎になったのは、西川美和監督の映画『夢売るふたり』だと勝手に思っている。料理人の夫(阿部サダヲ)と小さいながらも盛況な居酒屋を営む主人公だ。

ところが、狭い調理場がゆえに引火し、火事で店が全焼。途方に暮れてくすぶるサダヲとは対照的に、速攻で中華屋のバイトを始める。しかし、サダヲが常連客の女性(鈴木砂羽)と一夜を過ごして大金(実は不倫の手切れ金)をもらったことを機に、夫婦ともに間違っていく物語だ。要するに、夫婦共謀で女性を騙して金を搾取する詐欺を働いていくのである。

この作品で松たか子は「夫を売る快感とは裏腹に芽生える嫉妬と怒り」「どんどん薄れていく罪悪感」を見事に演じた。ある種の繊細さと、あきれるほどの図太さとたくましさ。もうそこには高嶺の花だの深窓の令嬢だの名家の奥様はいなかった。

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