人が「名門大学への入学」に執着する本当の理由 不正入試スキャンダルが示す能力主義の問題

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アメリカ名門大学アイビーリーグの一角、イェール大学は2019年にアメリカを騒がせた不正入試の舞台となった(写真:Craig Warga/Bloomberg)
名門大学の体育会のコーチや試験監督を買収して、富裕層の子供を受からせる――。2019年アメリカで大きな話題となった不正入試スキャンダル。そこから見えてくる「本当の問題」とは。『実力も運のうち 能力主義は正義か?』著者でハーバード大学哲学教授のマイケル・サンデルが論じる。

セレブたちの不正入試スキャンダル

2019年3月、高校生が大学への出願の結果を心待ちにしていたときのこと、連邦検事が驚くべき発表をした。33人の裕福な親を起訴したというのだ。イェール大学、スタンフォード大学、ジョージタウン大学、南カリフォルニア大学といった名門大学にわが子を入れるため、巧妙な不正工作に手を染めたというのがその罪状だった。

この不正入試事件の中心人物は、ウィリアム・シンガーという悪辣な受験コンサルタントだった。シンガーが営んでいたビジネスは、不安を抱える裕福な親の要望に応えるものだった。彼の会社がお手のものとしていたのが、競争の激しい大学入試システムを悪用することだ。この数十年で、こうした入試システムは成功と名声への第一関門となっていた。

一流大学が要求する輝かしい学業証明書を手にしていない生徒のために、シンガーは堕落した迂回策を考え出した──SATやACTといった標準テストの試験監督にお金をつかませ、解答用紙を書き換えることで得点を水増ししてもらうのだ。また、スポーツのコーチに賄賂を贈り、志願者がそのスポーツをしていないにもかかわらず、採用選手に指名してもらうこともあった。シンガーは偽の運動成績証明書まで用意した。画像処理ソフトを使い、本物の選手がプレーしている写真に志願者の顔を貼り付けたものだ。

シンガーの違法な入試サービスには安くないお金がかかった。さる有名法律事務所の会長は7万5000ドルを支払った。シンガーがお金をつかませた試験監督が管理する試験場で娘に入学試験を受けさせ、必要な得点を手にするためだった。ある家族はシンガーに120万ドルを支払い、娘をイェール大学にサッカー選手枠で入学させてもらおうとした。彼女はサッカーなどしていないにもかかわらずだ。シンガーは受け取ったお金のうち40万ドルを、イェール大学の協力的なサッカーコーチに賄賂として贈った。このコーチもまた起訴された。

あるテレビ女優とその夫のファッション・デザイナーはシンガーに50万ドルを支払い、2人の娘をボートチームの偽の新人部員として南カリフォルニア大学に入れてもらおうとした。さらに別の著名人に、テレビドラマ『デスパレートな妻たち』での当たり役で有名な女優のフェリシティ・ハフマンがいた。彼女の支払い額はどういうわけか格安だった。たった1万5000ドルで、シンガーはハフマンの娘のSATの得点操作を請け負ったのだ。

すべて合わせると、シンガーは大学入試で不正を働くことによって、8年間で2500万ドルを懐に入れていた。

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