サンデル教授が語る「大卒による無意識の差別」 「努力すれば成功できる」という発想の問題点

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では、どうやって測るのか? それは数字でもデータでもお金でもGDPでもありません。社会への貢献度は、私たちがかかわる生活の質と充実度と、それを自ら誰かと形作り、組み立てていくことで測られるべきです。例えば、家族を作って子供を育てることの充実感は、お金では図れません。社会、家族、そして個人にとって何が重要かを測ることができる数字などないのです。

公の場での議論や対話が必要だ

――日本のような長らく景気が停滞していて、経済成長が望みにくい社会では、「高い収入を得ること=幸せ」という概念に対してある意味の限界や徒労感を感じていている人もいます。しかし、経済成長が個人の幸せを必ずしももたらさない、と感じながらも、では何が個人の幸せをもたらすかについての議論は発展せず、政治家がその道筋を示すこともしません。

大事なのは、公の場でいい社会やいい生活・人生とは何なのかを議論し、対話することです。これらには、私たちがいかに個として人生を営むか、そして、ほかの人たちとともに生きるか、という問いが含まれています。よりよい生活とは何か、その先にあるいい社会とは何かという議論には、倫理的価値観、時には精神的な価値観も絡んでくるでしょう。

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現代の社会では、何がいい生活や社会なのかということについて、それぞれがまったく違う意見や見解を持っているのですが、政治家は人々の間に価値観の相違があることを好まないので対話の機会を持とうとしない。

特にモラルや精神的な価値観における違いを埋めるのは容易ではないですから。こうした問いと向き合わないため、モラルや価値観の相違に対する判断を下すことを避けるために、収入やGDPという指標を社会や共通善への貢献の物差しにしてごまかしているのです。

しかし、今回の本でも述べている通り、私たちが生きていくうえでいい生活とは何か、いい社会とは何という問いは避けて通れません。私たちが考えるいい社会を実現するためには、共通善に対する貢献を何で評価するべきかという議論をしなければならない。

どんな価値観や美徳を大切にする社会を作っていくかという議論をするうえで、倫理的価値観の話は避けられません。正義とは何か。共通善を目指す意味は何か。私たち市民はお互いにどんな責任を負っているのか。社会への貢献は何で評価できるのか。それぞれが尊厳を維持し、互いを尊重するにはどうしたらいいか――。簡単に答えられるものではありませんが、公における議論の中心テーマはこうしたものであるべきです。

倉沢 美左 東洋経済 記者

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くらさわ みさ / Misa Kurasawa

米ニューヨーク大学ジャーナリズム学部/経済学部卒。東洋経済新報社ニューヨーク支局を経て、日本経済新聞社米州総局(ニューヨーク)の記者としてハイテク企業を中心に取材。米国に11年滞在後、2006年に東洋経済新報社入社。放送、電力業界などを担当する傍ら、米国のハイテク企業や経営者の取材も趣味的に続けている。2015年4月から東洋経済オンライン編集部に所属、2018年10月から副編集長。 中南米(とりわけブラジル)が好きで、「南米特集」を夢見ているが自分が現役中は難しい気がしている。歌も好き。

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