品川西口「京急の顔」ホテル、半世紀の歴史に幕 社運かけ建設、旧「ホテルパシフィック」閉館

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半世紀前、京急が威信をかけて開業させたホテルパシフィック東京。華やかなホテルの雰囲気とは裏腹に、建設に着手するまでの用地取得は苦労の連続だったという。背景には品川という土地が抱えてきた特有の事情があった。

品川駅西口周辺は大規模なホテルが増えた(京急電鉄提供)

上棟式のパンフレットには「戦後の東京は私鉄のターミナルである新宿、池袋、渋谷を中心に発展し、その繁栄は今や銀座、丸の内にとってかわろうとしています。品川がこうした世の発展にとり残された理由としては、国鉄のヤードが東西に拡がっていて山側と海側を分断していること、山側だけをみても後背地が極めて狭いこと、駅の真前に広大な国有地(皇室財産)があって発展をはばんでいたことなどです」と説明。「そこで品川をターミナルとしている京浜急行が、品川地区開発計画の一環として、戦後いち早く国有地の払下げに努力を続けてきました」と振り返っている。

「品川開発のパイオニア」

長年働きかけてきた国有地払い下げが1960年代の終わりになってようやく実現したことになる。それだけに、開業時の京急の社内報には「この立地条件を、よく克服して、めでたく完成したホテルパシフィックの出現はこれまでの『品川』のイメージを一変し、品川の新しい躍動の開始を象徴している。ホテルパシフィックは、品川開発のパイオニアといわれるゆえんである」と意気軒昂な文言が並んでいる。

南側(左)は京急第1ビル。その奥にプリンスホテルのタワーがそびえる(記者撮影)

西口には戦前、宮家の邸宅などが広がっていた。現在、京急グループの施設を西武グループの巨大ホテルが取り囲むように建つ。高輪プリンスホテル貴賓館は竹田宮邸の土地建物を活用した2階建てレンガ造りの外観が印象的だ。一方でグランドプリンスホテル高輪・新高輪、柘榴(ざくろ)坂を挟んで品川プリンスホテルのタワーが威容を放っている。

作家の猪瀬直樹氏は著書『ミカドの肖像』で「品川駅周辺は、京浜急行にとって彼らの小さな城下町とみてよいのかもしれない。その足下まで西武グループが押し寄せてくるとなれば、死守の構えに出るのは当然のことだろう」と指摘。そのうえで京急のホテルについて「西武グループの進出を、とおせんぼしているように映る。肩幅の広いホテルパシフィックこそ、始発駅のグレードと景観と、そしてなによりもコーポレイテッド・アイデンティティを守る万里の長城なのである」と定義した。

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