半世紀前、京急が威信をかけて開業させたホテルパシフィック東京。華やかなホテルの雰囲気とは裏腹に、建設に着手するまでの用地取得は苦労の連続だったという。背景には品川という土地が抱えてきた特有の事情があった。
上棟式のパンフレットには「戦後の東京は私鉄のターミナルである新宿、池袋、渋谷を中心に発展し、その繁栄は今や銀座、丸の内にとってかわろうとしています。品川がこうした世の発展にとり残された理由としては、国鉄のヤードが東西に拡がっていて山側と海側を分断していること、山側だけをみても後背地が極めて狭いこと、駅の真前に広大な国有地(皇室財産)があって発展をはばんでいたことなどです」と説明。「そこで品川をターミナルとしている京浜急行が、品川地区開発計画の一環として、戦後いち早く国有地の払下げに努力を続けてきました」と振り返っている。
「品川開発のパイオニア」
長年働きかけてきた国有地払い下げが1960年代の終わりになってようやく実現したことになる。それだけに、開業時の京急の社内報には「この立地条件を、よく克服して、めでたく完成したホテルパシフィックの出現はこれまでの『品川』のイメージを一変し、品川の新しい躍動の開始を象徴している。ホテルパシフィックは、品川開発のパイオニアといわれるゆえんである」と意気軒昂な文言が並んでいる。
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