徳川家康を今の日本へ蘇らせた物語が持つ意味 個性的・多彩な登場人物を使って描かれたこと

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だとすれば気になるのは、本書が書かれた目的だ。これは、単なる娯楽として世に出されたものなのだろうか?

端的にいえば、決してそういうわけではない。もちろんエンターテインメント性も際立っているから、読み物として純粋に楽しめる。また、先に触れたように日本の歴史に対する好奇心を改めて盛り上げてくれもするだろう。

しかし、それだけではない。根底に根ざしているのは、強烈な政治的メッセージだ。

徳川一門には、明らかにこの時代の政治、社会に対する危機感があった。
家康が感じたのは、政治に関わる者たちのどうしようもない“軽さ”であった。戦国の世を生き抜いた家康にとって、トップの意思決定というものは限りなく“重い”ものであった。意思決定者から一度出た言葉は、瞬く間に現実になる。その結果、場合によっては何千、何万という命が消えてなくなることもある。だからこそ、意思決定者は自分の判断に対してギリギリまで考え抜く。(中略)。口に出したら何があってもやり切るのだ。しかし、現代の政治家たちは思いつきのような言葉を吐き、それを平気で反故にする。政治家の下で働く官僚たちは、当然ながらそんな政治家の言葉を信用しない。政権与党が大きな勢力を持ち、その期間が長くなると、それまでは政治家を思うがままに操っていた官僚たちにも変化が生まれた。能力以前に政治家に媚び諂う者だけが出世するようになったのだ。
(165ページより)

現代の政治体制の問題点も突いている

つまり“ありえないアイデア”を武器とした本作は、こちらの予想を遥かに飛び越えたエンターテインメントであり、日本史を学びなおしてみたいと思わせるエデュテインメント(edutainment)でもあり、現代の政治体制の問題点を突いたカウンター作品でもあると解釈できる。

徳川家康を頂点とする“最強内閣”がいかにしてコロナ禍を乗り越えたか、その結果としてどのような社会が訪れたかなど、ストーリーについての詳細はあえて書くまい。

書いてしまえば読む楽しみが失われるし、そもそも各人が自分の尺度、自分の価値観、自分の感覚で受け止めるものだからだ。言い換えれば、その先に見えてくる景色こそが、本書の目指すものなのである。

小説で描かれている最強内閣の布陣(画:安倍吉俊、『ビジネス小説 もしも徳川家康が総理大臣になったら』サンマーク出版)
印南 敦史 作家、書評家

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いんなみ あつし / Atsushi Innami

1962年生まれ。東京都出身。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。「ライフハッカー[日本版]」「ニューズウィーク日本版」「WEBRONZA」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」など紙媒体にも寄稿。『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)など著作多数。

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