もう10年「原発事故責任」まだ決まらぬ根本原因 一審の判断も高裁の判断も分かれるモヤモヤ

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国の責任が争われた直近の2月の東京高裁の判決では、長期評価について「相応の科学的信頼性がある知見だ」と指摘。長期評価を前提とすれば「国は15.7メートルを超える津波が到来する危険性を認識できた」「防潮堤を設置したり建屋などが浸水しない措置を講じたりしていれば、津波の影響は軽減でき、全電源喪失の事態には陥らなかった」として、国が電気事業法に基づいて改善の命令を出さなかったのは違法だと結論づけた。

ところが、その1カ月前の東京高裁判決では、長期評価の信頼性には専門家からも異論があり、津波の発生は予見できなかった、としている。そのうえで「東電が長期評価に基づいて試算した最大15.7メートルの津波を前提に防潮堤を設置していたとしても事故は防げなかった」として、津波対策に関する国の東電への対応に「問題があったとは言えない」と国の責任を否定した。

東電旧経営陣には、2019年9月19日に東京地裁が無罪を言い渡している。判決では、3人が2008年から2009年の時点で対策を講じても事故前に完了できたかは不明として、「事故を回避するには原発の運転を止めるしかなかった」と断言。長期評価について「具体的な根拠がなく、専門家から疑問が示され、自治体の防災計画にも反映されないものだった」として「原発の運転を停止する義務を課すほど予見可能性があったとは認められない」とした。

しかも、安全性については「放射性物質が外部に放出されることは絶対にないというレベルの極めて高度の安全性ではなく、最新の科学的知見を踏まえて合理的に予測される自然災害を想定した安全性の確保が求められていた」として、こう断言する。

「当時の社会通念の反映であるはずの法令上の規制等の在り方は、絶対的安全性の確保までを前提としてはいなかった」

これを不服として強制起訴した検察官役の指定弁護士は控訴した。国の責任をめぐっても判決が分かれるところだから、逆転有罪もあるかもしれない。民事でもいずれは最高裁がまとめた判断を示すことになるだろう。だが、それもいつになるのか、いつまでこんな裁判が繰り返されるのか。

相次いでいる東電の不祥事

そうしている間に、東電は福島第一原発の廃炉費用の捻出と経営再建に向け、柏崎刈羽原子力発電所の6、7号機の再稼働の準備を着々と進めてきた。1基稼働させると1年に1000億円の利益改善につながるとされる。

ところがここへきて、不祥事が相次ぐ。東電の社員が昨年9月に、他人のIDカードを使って、柏崎刈羽原発の中央制御室に入ったことが、1月23日に発覚。それから4日後の27日には、7号機で安全対策工事の不備が発覚すると、2月15日にも他の工事で不備が見つかったことを公表。東電HDの小早川智明社長を「厳重注意」処分としている。

挙げ句には、2月26日になって、7号機の再稼働に必要な一連の検査の終了時期を従来の6月から「未定」として公表した。

そして東電は3月10日、社員が他人のIDカードで柏崎刈羽原発の中央制御室に不正入室した問題について、詳細な原因の分析結果と改善策を原子力規制委員会に報告している。そこでは、社内の「風土」と安全性に対する意識の欠如を、いまさらながらに指摘している。

事故の教訓が生かされていないからなのか。あるいは、事故を引き起こした責任の所在がいまだに明確になっていないからなのか。あれから10年が経っても、曖昧な状況は続いたままだ。まして、これで事故が繰り返されるようなことがあっては、たまったものではない。あの事故の決着は、いまもついていないのだ。

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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