もう10年「原発事故責任」まだ決まらぬ根本原因 一審の判断も高裁の判断も分かれるモヤモヤ

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これらの裁判の基点となるのは、政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が2002年7月に公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(長期評価)とされるものである。

これによると、「福島県沖を含む三陸沖から房総沖にかけての領域のどこでも巨大な津波を伴う地震が発生する可能性」が指摘され、その発生確率は、「30年以内にマグニチュード8クラスの地震が20%程度の確率」であるとされた。地震本部とは、阪神・淡路大震災をきっかけに設置された、政府として一元的に、地震の予測を含む調査研究を推進し、評価として公表する唯一の機関だ。

長期評価をめぐっては、事故を引き起こしたことによる業務上過失致死傷の罪に問われて強制起訴された、東電の勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長の旧経営陣3人の刑事裁判でも、東電社内の対応が明らかになっている。

東電では、この長期評価に基づいて福島第一原発に到達する津波の高さの計算を、子会社の「東電設計」に依頼する。その結果、同原発の敷地を遡上する津波の高さは、最大で15.707メートルになると算出され、2008年3月に本社に伝えられた。

本社では同じ年の6月と7月の2回にわたって、当時の常務取締役原子力・立地本部副本部長だった武藤被告に報告される。それまでは、到来可能性のある津波の高さを、7.7メートルとしていた。

地震本部の長期評価が信用できないと判断

ところが、2回目の報告で武藤被告は、突如「研究を実施する」と言い出す。地震本部の長期評価が信用できないというのだ。そのため、その信用性を外部に研究依頼することにした。

このときに適切な対策を取っていなかったこと、言い換えれば、「津波対策の先送り」が事故を招いたと起訴した側は主張する。私はこの刑事裁判を2017年6月30日の初公判から傍聴取材を続けていたが、これを公判で指摘されると、武藤被告は「大変心外」と、法廷で語気を強めて言った。

「担当者が『信頼性はない』と説明していたし、私自身も長期評価の根拠となる新しい知見がないので、信頼性はないと思った。津波対策に取り込むことはできないと思った」(2018年10月16日第30回公判)

当時、取締役副社長で原子力・立地本部本部長だった武黒被告には担当者から話は伝わっていた。

勝俣被告は会長だった2009年2月の社内会議で、「もっと大きな高さ14メートル程度の津波がくる可能性があるという人もいて……」と担当部長が発言するのを聞いていた。だが、勝俣被告は「部長のトーンは非常に懐疑的に聞こえた」としている。結局のところ、東電では長期評価を「信用できない」と判断したことを争っているのだ。

地震本部の長期評価が信用できたのか否か、その信用性に基づく津波の予見可能性と、予見ができたとしても十分な対策がとれたのか、事故の回避可能性が争点となり、原発避難訴訟もこれに倣うようにリンクしている。

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