「福島原発事故」10年後の今でも検証足りない訳 世界のどこにも起こりうる普遍的な挑戦

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そしてそこには、リスク評価がリスク管理の「想定」を超えてしまい、経営的かつ政治的にストレスがかかりすぎる場合、リスク評価そのものを「想定内」に閉じ込めようとする経営・政治風土が横たわっている。リスク評価を厳しくすると、住民と国民に「不必要な不安と誤解」を与える恐れがあるとしてそうしたリスクを「想定外」に追いやるのである。民間事故調はそうした傾向を「小さな安心を優先させ、大きな安全を犠牲にする」と形容した。

福島原発事故後、日本は新たな安全規制体制を再構築し、「世界一厳しい」安全規制を実施するという旗頭を高々と掲げた。その意気込みは評価すべきだが、ややもするとことさら「世界一厳しい」姿勢を打ち出すことで、そして、そのための「宿題」を事業者に規範的に突きつけることで、心理的に国民に「安心」を与えて結果的に「安全」を殺ぐ新たな「安全神話」を再生産しつつあるかに見える。

ここで欠けているのは、例えば「許容レベル範囲」までのリスク低減を規制当局と事業者側で真剣な対話を通じて追求する協働作業であり、安全向上対策における費用(コスト)と便益(ベネフィット)の費用対効果分析であり、規制機関が事業者や地元自治体などのステークホールダーと相互理解や相互信頼を築くための自由で円滑な意思疎通である。

この事故と危機は、日本に特有の問題の表出ではない

福島原発事故以後、ドイツ、イタリア、台湾、韓国の4カ国が脱原発政策を打ち出したのをはじめ、世界の国々で、原発から再生エネルギーへとパラダイム・シフトの動きが始まった。その一方で、気候変動の脅威の下、化石燃料からの脱却とともに原子力を見直す動きも始まっている。原子炉の安全性を高める技術革新も進んでいる。

『フクシマ戦記 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」(上下巻、文芸春秋)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします。紙版はこちら、電子版はこちら

価格、安全、供給、安全保障、脱炭素をどのように位置づけエネルギーの供給体制をつくるのか。多くの原発プラントが廃炉ないしは操業中断に追い込まれる中、プルトニウムをため込む現在のバックエンド体制と核燃料サイクル政策をめぐっても国論は分裂し、結論の先送りを続けている。日本政府はフクシマ後のエネルギー政策と原発の位置づけに関する説得的な政策をいまだに示していない。

この事故と危機は、日本に特有の問題の表出ではない。日本の文化が諸悪の根源なのではない。

それは、原子力という取り扱いに失敗すると取り返しのつかない技術(Unforgiving Technology)を文明社会に組み込んだ世界のどこにでも起こりうる普遍的挑戦にほかならない。フクシマの真実と教訓は世界と共有すべきものであると私は信じている。

船橋 洋一 アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長

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ふなばし よういち / Yoichi Funabashi

1944年北京生まれ。東京大学教養学部卒業。1968年朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、2007年~2010年12月朝日新聞社主筆。現在は、現代日本が抱えるさまざまな問題をグローバルな文脈の中で分析し提言を続けるシンクタンクである財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブの理事長。現代史の現場を鳥瞰する視点で描く数々のノンフィクションをものしているジャーナリストでもある。主な作品に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『カウントダウン・メルトダウン』(2013年 文藝春秋)『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(2006年 朝日新聞社) など。

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