対中批判が噴出、自民党で何が起きているのか タカ派議員が官僚を突き上げ、変わる政策過程

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その1つが、政府が3月にも閣議決定を予定しているとされている新法制定の動きだ。

自衛隊や米軍基地、原子力発電所などの周辺の土地が外国企業などに買収されそうな場合、その内容を調査したり、規制することが目的の法案だ。

2010年代、長崎県・対馬や北海道の自衛隊基地周辺の土地を中国や韓国企業などが購入していることがわかり、法律による規制が必要だとして自民党が議員立法の動きを見せた。しかし、安倍政権は積極的に動かず、法案は成立しなかった。

タカ派議員の声が法案に

ところが菅政権が発足すると、一転して政府は積極的に対応し始め、現在開かれている通常国会に法案を提出し、成立を目指す方向となっている。つまり、タカ派の声が政府の政策に反映されるようになってきたのである。

中国の問題ある行動は今に始まったことではなく、安倍政権時代にもあった。にもかかわらず、安倍政権は日中関係を重視してきた。ここにきて自民党タカ派議員が大きな声を上げるようになったのは、中国側の動きの変化も背景にあるが、最大の理由は菅首相の対中政策がまったく見えないためだろう。

菅政権は発足直後から新型コロナウイルス対策に追われ、他の政策、特に外交・安保政策に取り組む余裕はほとんどない。外務省や防衛省も、アメリカのバイデン政権が発足直後で、対中政策など主要な外交政策について検討作業を進めている最中であることから、独自の政策を打ち出しにくい。政府が何をしようとしているのかわからず、自民党議員から不満が出るのも仕方がない。

議員心理も大きく変化している。安倍首相のように首相が圧倒的な力をもっていると、大きな声で批判する議員はなかなか出てこない。下手な発言をすれば内閣改造などの人事で閣僚に起用されなくなるのではないかという抑制が働く。

ところが、菅政権のもとで自民党議員はそんな圧力をほとんど感じていないようだ。そればかりか内閣支持率も政党支持率も低迷し、年内には総選挙を控えている。議員心理としては、選挙を意識して有権者に受けのいい発言をして目立ちたい。つまり菅政権では議員の言動に押さえが利かなくなっているのだ。

歴代の自民党政権は党内タカ派の対外強硬論を巧みに押さえ込み、日米同盟関係を基盤に、近隣諸国との全面的な対立を何とか避けてきた。しかし、土地規制に関する新法制定のように、党内タカ派の声がストレートに政府の外交政策に反映されると、状況は一変しかねない。

対外強硬論は明快で気持ちがよく、国民受けもいい。しかし、それがもたらす結果はしばしば悲惨なものである。国民が喝采を浴びせる対外強硬論によって、政府の外交政策は手足を縛られてしまう。相手国との関係は悪化し、緊張が高まり、最悪の場合は紛争に発展しかねない。国民にとって何ら得るものはない。

もちろん、外交部会や国防部会での発言には、きちんとしたデータや法解釈などに基づいた傾聴に値する意見もある。政府の対応の問題点を鋭く指摘している意見もある。そうした意見こそ、閉ざされた党内の会議ではなく、国会など公開の場で、首相や外相、防衛相という責任者に正面からぶつけて、政府の見解をただすべきであろう。官僚相手にいくら大きな声を張り上げても、生産的なことのようには思えない。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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