相模原事件があぶり出した日本の裁判の「異常」 知見や教訓を得ないまま「儀式化」が進んでいる

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──裁判はいったん審理を中断し、治療すべきだったと思いますか?

オウムの麻原の場合、それはあったと思うけど、植松の場合は簡単には治らないかもしれない。でももっと時間をかけて、コミュニケーションを図れば、いろんなものが見えてきたはず。治療の方向性を模索して、今後に生かすことができたかもしれない。彼の変化を知ることは社会の共有財産になると思うのです。凶悪犯にわれわれの税金を使うな、と世間からは猛反発を食らうでしょうけど。

あれほど犠牲者が出たのに1カ月強で結審

──本では、裁判員裁判における負の側面も指摘されています。

『U 相模原に現れた世界の憂鬱な断面』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトへジャンプします)

公判前整理手続きの問題ですね。市民から選ばれた裁判員に過度な負担がかからないよう、公判前に裁判官・検察官・弁護人の3者が協議して争点を絞り込み、審理計画を立てる制度です。裁判は公開が原則。だから傍聴席がある。ところが公判前整理手続きは密室で行われ、あとは法廷でその筋立てに沿って進めるだけ。まさしく演劇です。それを僕たちは見せられる。

だから、あれほどの犠牲者を出した植松の裁判も結審までたった1カ月強。それに対し「いくら何でもおかしいだろう」って声が出てこない。メディアも、例えば現場で取材してきた記者が、裁判全体を通して異常だと思っていても、世論の反発を恐れて報じない。法廷に市民感覚を導入するとして始まった裁判員裁判だけど、論理や理性以上に、感情が法廷を支配するようになった。日本の裁判は現在進行形で変わり続けています。

──3者協議でつくられるシナリオも、社会感情をくんだものに?

はい、それは間違いなく。

名古屋地裁裁判長に密着した「裁判長のお弁当」という07年放送のドキュメンタリーがあります。印象的なのが、午前の法廷が終わるや裁判長が自室に駆け込み、テレビのニュースを見るシーン。自分の法廷がどう報道されているか食い入るように見ている。今ならSNSでしょうね。世間がどうリアクションするか、すごく気にしながら彼らはやっている。

裁判官は個人の良心に従って判決を下すのが建前ですが、やっぱりヒエラルキーなんです。1回ヘマしたら出世は無理。自分の判決が世間の反感を買えばもう致命的。だから、退任間近の裁判長が割と英断に近い判決を出したりする。刑事裁判ではないけど、原発差し止め訴訟でも「原発を造るべきではない」と判決を下した裁判官はみな退任間近だった。政治もメディアも司法も今や市場原理。この国ではそれがどんどん強まっている。強いポピュリズムにどんどん押されている、って言い換えてもいいですけど。

中村 陽子 東洋経済 記者

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なかむら ようこ / Yoko Nakamura

『週刊東洋経済』編集部記者

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