悪事暴いても「裏切り者」内部告発の悲しい現実 「ゴキブリ」「ウジ虫」罵詈雑言を浴びせられた

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――自らが属する組織の異常性やおかしな論理には、なかなか気づくことができないのではないか、と思います。

私の告発は道警組織から見れば「裏切り」だったでしょう。誹謗中傷の手紙にも、「裏金づくりは組織のため」というものが多くありました。犯罪捜査においても、「捜査は組織的に行う」とされていました。不祥事の隠蔽も事実を歪曲して発表するのも、組織防衛のためとされていました。

しかし、よく考えてみると、警察本部や警察署の建物があっても警察官という人間がいても、“警察”という組織は実在しないのでは、と思います。多くの警察官は「何かあれば組織が守ってくれる」と信じています。その組織とは何でしょうか? 誰でしょうか?

今、『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ著)を読んでいますが、その中に「われわれが当たり前のように信じている国家や国民、企業や法律、さらには人権や平等といった考えまでもが虚構であり、虚構こそが見知らぬ人同士が協力することを可能にしたのだ」とあります。社会にとって組織という虚構は必要だという意味でしょうが、それと同じです。

私の知る多くの警察官はまじめで誠実です。取り調べでは容疑者に向かって「うそをつくな」と自白を求めます。おそらく、自分の子どもがうそをついたときも厳しく叱るでしょう。

しかし、警察官は、組織という仮面を被ったときには平気でうそを言います。警察組織を支えているのは階級制度であり、上司の命令は絶対というルールがあります。上司の誰かが「うそを言え」と命令すれば全員がうそを言います。

暗黙の命令もあります。警察が「組織」という言葉を使うときには、不都合な事実を隠すためだと考えたほうがいいかもしれません。そして大なり小なり、こうしたことは警察組織だけの問題ではないのだと思います。

警察官と市民との距離がいっそう遠のいた

――最後にもう一つ質問を。政権でも中央省庁でも、もちろん企業においても、疑惑や不正は後を絶ちません。それを知った組織人は、いったい、どうすればいいのでしょうか。組織と個人との関係において、「正しいこと」とは何でしょうか。正しい社会とは何でしょうか。

正しい社会とは何か。難しい質問です。私には大きすぎて答えられません。ただ、警察官だった立場から言わせてもらうと、私は正義のために仕事をしたことはありません。多くの警察官もそうだと思います。警察官の仕事は法の執行です。法律を順守し、いかに適切に執行するか。それが何よりも大切なことです。

最近の警察をみていると、正義を掲げながら、法的な根拠を欠く行為を堂々とやったり、権限の逸脱ではないかと思える動きを行ったり、そういう事例は目につきます。加えて言えば、私が現場で仕事をしていた時代と現在とを比較すると、警察官と市民との距離がいっそう遠のいたように思います。

警察官が徒歩でパトロールする姿は、ついぞ見かけません。交番のおまわりさんのパトロールもパトカーです。市民と声を交わすことはほとんどありません。犯罪捜査のやり方も随分変わりました。事件が起きれば、防犯カメラの映像探しが最優先です。地取り(事件現場周辺での聞き込み捜査)や聞き込みは二の次です。「現場百回」も死語になりました。「市民警察」も死語になったのかもしれません。

私の記者会見からすでに17年の歳月が流れました。しかし、最近になっても新聞社やテレビ局の取材を時折いただく。断りきれない講演もありました。今年も1月に北海道大学に留学中の先生から「警察の監視」に関するインタビューを受けました。ただ、私も83歳です。おそらく、このインタビューが公では最後の活動になると思います。

取材:フロントラインプレス(Frontline Press)

Frontline Press

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「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」を掲げる取材記者グループ(代表=高田昌幸・東京都市大学メディア情報学部教授)。2019年5月に合同会社を設立して正式に発足。調査報道や手触り感のあるルポを軸に、新しいかたちでニュースを世に送り出す。取材記者や研究者ら約40人が参加。スマートニュース社の子会社「スローニュース」による調査報道支援プログラムの第1号に選定(2019年)、東洋経済「オンラインアワード2020」の「ソーシャルインパクト賞」を受賞(2020年)。公式HP https://frontlinepress.jp

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