「何から手を着けてよいかわからないのは、君ばかりではない、みなわからないのである」
いきなりこう胸襟を開かれると、渋沢も耳を傾けざるをえない。
大隈は「今のところは広く民間に賢才を求めて、これを登用するのが何よりの急務である」と説明する。今は、まさに新しい時代を創ろうとしているとき。渋沢が税に詳しくないとしても、そんなことはみな一緒であると、大隈は渋沢を説得し始めた。
意見が食い違ったときに、相手を説得するのはむしろ渋沢の得意分野である。だが、相手が明らかに自分よりも視野が広い場合、渋沢はその意見を素直に受け入れるところがあった。攘夷のときには長七郎のほうが政情に詳しかったように、今、目の前にいる大隈もまた、自分よりもはるかに広い視野の持ち主のようだ。
一枚も二枚も上手だった大隈
渋沢がスタートさせたばかりの静岡藩の事業についても、大隈はこんなふうに言った。
「なるほど、商法会所の経営もよいだろう。しかしその仕事は、わずかに静岡藩の一部に限られている仕事である。ところが、われわれがこれからやろうという仕事は、そんな小さなものではない。日本という一国を料理するきわめて大きな仕事である」
相手の言い分を受けながらも、相手よりも遠くを見据えた意見をいう。そんな大隈に、渋沢も自分の考えを変え始める。気になった慶喜への恩についても、大隈は新しい視点で語る。
「ここで君が仕官を固辞すれば、いかにも慶喜公が新政府にタテをついて、故意に旧臣をよこさないように取られてしまう。それは慶喜公のためにも、君のためにもよくないことだ」
大隈のほうが一枚も二枚も上手である。これには渋沢も納得せざるをえなかったようだ。
「そうならば自分にも愚説がある。それを採用するようにしてほしい」
活躍の場を国家へと移した渋沢。大隈に説得されると、そんな条件を出して、大蔵省への入省を決めたが、その雰囲気に早くも驚かされる。
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