スーチー氏拘束、跋扈するアジアの「権威主義」 米バイデン政権の外交政策が試されている

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中国の海警法をめぐっては、ベトナムのみならず、中国との融和政策をとってきたフィリピンのドゥテルテ政権も強く非難した。今後、同法を根拠に中国船が他国の船舶にさらなる圧迫を加えれば、衝突も予想され、その際のアメリカの対応が焦点となる。

北朝鮮による核武装強化を放置する結果となったオバマ政権の「戦略的忍耐」政策は、中国が南シナ海で7つの岩礁を埋め立てて要塞化する時期と軌を一にした。慌てたアメリカは軍艦を同海域に派遣する「航行の自由作戦」を実施したが、時すでに遅く、島々の存在は既成事実となった。

トランプ政権は米中対立が激化した政権末期になって「南シナ海をめぐる中国の主張はまったくの違法」(ポンペオ前国務長官)としたが、バイデン政権はこれをどう引き継ぐのか。注目点はベトナムとの付き合い方だ。

ベトナムは南シナ海の領有権をめぐり中国と最も激しく対立している。かつて敵国であったアメリカとの友好関係を深め、アメリカの空母のダナン寄港(2018年)を認めたり、2019年にトランプ氏がベトナムを訪問した際は、ボーイング社の航空機の大量発注を発表したりと蜜月をアピールしてきた。安全保障上、中国を牽制する意図があるのは間違いない。

バイデン政権が試されるベトナムへの姿勢

他方、米中貿易摩擦を受けて多くの企業がベトナムに移転してきたこともあり、対米黒字は日本を超えて積み上がっている。これを受けてアメリカは2020年末、ベトナムを為替操作国に認定した。バイデン政権は経済を優先させてベトナムに制裁を科すのか。それとも対中国の安全保障との兼ね合いで手を緩めるのか、さじ加減が試される。

そもそもトランプ氏には東南アジアに対する関心もなければ、見識もなかった。ASEANと域外の主要国の首脳が一堂に会する東アジアサミットには4回連続で欠席し、閣僚ですらない補佐官を出席させてアジア各国の指導者を大いにしらけさせた。トランプ氏がASEAN地域を引き合いに出すのは中国との対立や北朝鮮との対話の場面に限られていた。

アメリカにとって、ASEAN地域は経済的にも、対中国の文脈でも重要さを増す地域である。バイデン政権もそこは理解しているはずだが、それでもイスラエルに傾きすぎた中東政策やイランとの核合意、EUとの関係修復などの外交課題が山積している。どこまで東南アジアに関心が向くかは不透明だ。

逆に東南アジア諸国にとってアメリカは、傲慢さを増す中国に対抗するカードとして必要な存在である。しかし、地域を超大国のぶつかり合いの場にしてほしくはないし、米中のどちらを選ぶのか、踏み絵を踏まされてはたまらない。とりあえずバイデン政権が中国とどのような形で対峙するのか、民主化や人権問題でどういった対応をとるのかを凝視している。

バイデン政権の対応によっては、日本の立ち位置も変わってくるだろう。中でもミャンマーの軍事政権とどのように向き合うかは日本にとっても喫緊の課題だ。日本は民主化以前から巨額の援助をつぎ込んできた。中国の「一帯一路」政策にとっても、日本のFOIPにとっても東南アジアは戦略的要衝である。

ただ、コロナ対策に追われる菅政権にどこまで自律的な対応能力があるか、残念ながら疑問である。

柴田 直治 ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

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しばた・なおじ

ジャーナリスト。元朝日新聞記者(論説副主幹、アジア総局長、マニラ支局長、大阪・東京社会部デスクなどを歴任)、近畿大学教授などを経る。著書に「バンコク燃ゆ タックシンと『タイ式』民主主義」。

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