「言語はツールにすぎない」という大いなる誤解 簡単さや効率性を求める結果起きてしまうこと

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こういった事態は、どこか本末転倒ではないでしょうか。つまり、ことばがツールだとしたら、今言ったように、基本的にはいちばん単純で効率的なものが良いので、機械が自動的に目的を果たしてくれればそれで良くなる、つまり、ことばそのものが必要なくなってしまうからです。

ここで生じる最大の問題は、ことばを大切にしないことで、おそらく、人権や民主主義や自由といった、私たち人間が長い間ことばを通じて培ってきた価値について、非常に大切な部分が決定的に損なわれる危険があることです。

ことばの危機は人間の危機にも繋がる

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私は、ことばの危機がもたらすのは人文学や人間にとっての危機ではないかと考えています。さらに言うと、人間が人間でなくなってしまいます。

つまり、私たちは、何か大きなマシーンの一部になってしまうのです。昔から使われる比喩ですが、チャップリンの映画『モダン・タイムス』のように、機械の歯車の一部となって、私たちもツール化されてしまいます。

このように、どのツールを使えば効率が良いか、ツールをどう教えれば実用的かという発想で教育を進めると、自分自身がどんどんツールになってしまいます。ここに、ことばをめぐる問題の本質があると考えています。

納富 信留 東京大学大学院教授

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のうとみ のぶる / Notomi Noburu

1965年生まれ。英国ケンブリッジ大学古典学部にてPh.D取得。西洋古代哲学・西洋古典学専攻。国際プラトン学会前会長。著書に『ソフィストと哲学者の間』『ソフィストとは誰か?』 『プラトン 哲学者とは何か』『哲学者の誕生』『プラトン 理想国の現在』等、訳書に『ソクラテスの弁明』がある。

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