大行列!「奇跡の喫茶店」は、いかに誕生したか 愛される「石釜ホットケーキ」が生まれた理由
田村:うちがオープンしたのは2014年で、それ以前は珈琲館というチェーンの一店舗でした。店が入っている建物が古くなり、大家さんが建て替えをすることになり、それを機にチェーンをやめて、同じ場所で独自の喫茶店をつくることにしたのです。
店舗デザイナーと開店直前までの「協働作業」
田村:「チェーンの時代と同じようなメニューを出しても生き残れない」と思っていたので、メニューを広げたいと思い、スクールに通うことにしました。渋谷の雑居ビルの上にバーテンダー向けのスクールがあって、そこがカフェで出すフードに関する講座をやっていました。
その講師陣のひとりに、店舗デザイナーの方がいました。その人との出会いがなかったら、この店もありませんでした。惜しいことに2年ほど前に亡くなってしまいましたが。
遠藤:その方が、いろいろなアイディアを出してくれたのでしょうか。
田村:そうです。講義が面白かったので、スクールとは別に、新店舗のデザインをお願いしたのです。デザイナーといっても、元はテレビ局勤務のサラリーマンだったそうで、図面が引けるわけでもなく、もっぱらスケッチやイメージ図で仕事をしていました。
私と一緒に店を切り盛りしている妻も連れていき、月に2度ほど、喫茶店で会い、3人で打ち合わせをしました。最初はどんな店をつくるのかから始まり、そこから店の名前、流す音楽、内装などについて話し合いました。
遠藤:石釜を入れるというのは、田村さんの発想だったのでしょうか。
田村:どちらのアイディアだったか、それがよく覚えていないのです。そもそも、石釜でホットケーキを焼くこと自体、まったく考えていなくて、「トーストをまず焼いてみよう」と思いました。
試行錯誤を繰り返すうち、おいしい石釜トーストが焼けるようになり、今度はトースト以外の食材も試してみようと思ったのです。
野中:そのプロセスでは、失敗もありましたか。
田村:もちろんです。石釜ホットケーキはフライパンで少し熱したものを、フライパンごと石釜に入れて完成させるのですが、そのフライパンの厚さの調節が大変でした。
厚すぎると中まで火が通らないし、薄すぎると、火が通りすぎてしまう。ちょうどよい厚さのフライパンにたどり着くまで、何個のフライパンを試したことか。生地を仕込む際の粉や牛乳の量の調節にも苦労しました。
ほかのフードメニュー、ドリンクメニューも準備していき、石釜ホットケーキが最終的に完成したのは最後の最後で、「開店の直前」でした。