尖閣周辺の領海を侵犯する「中国海警」の正体 漢字のイメージにとらわれてはいけない

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度重なる「中国海警」の船舶による尖閣諸島周辺海域への領海侵入を、「維権執法」であると主張する中国の立場に立てば、尖閣諸島をめぐって生じる海上保安庁や自衛隊との摩擦は「戦時」の国家間の武力衝突ではなく、「平時」における「維権」活動で生じる些細な事案であるのかもしれない。

こうした中国の見方を敷衍(ふえん)すれば、中国にとって、すでに第1列島線の内側は「中国海警」が実効的に管轄(維権執法)している海域であると中国が理解していたとしてもおかしくはない。「中国海警」の能力強化が進むに従って第1列島線内における人民解放軍海軍(中国海軍)が「中国海警」を支援するという負担が軽減されれば、おのずと中国海軍の主活動海域は第1列島線の外側に向かい、中国が望む真の「外洋海軍」に近づくことにもなる。空母を中心とする外洋戦力や水陸両用戦能力など中国海軍の能力向上や、「中国海警」の勢力増強の状況はその表れと見ることが適当であろう。

「中国海警」の艦船や無人機等のハード面での増強、法律や宣伝などソフト面での強化に周辺諸国が後れを取った場合、南シナ海や東シナ海では白い船体の「中国海警」が海軍の手を借りず活動できるようになるかもしれない。第1列島線の中と外で、中国海警と海軍が役割分担するということだ。

漢字のイメージにとらわれるな

中国には中国の主張があるように、日本やそのほかの中国周辺諸国にもそれぞれにそれぞれの主張がある。国際社会を見渡す限り、少なくともまだわれわれのほうが中国の主張よりも多数派でかつ普遍性があるように見える。しかし、中国の主張や行動を看過し、軽視し、放置していれば、いつの間にか中国の主張が多数派になる日も遠くない。

国際社会はつねに彼らの主張や行動に注視し、適切な対応を講じていく必要がある。そのためには用語やその用法に惑わされてはならない。とくにもっぱら漢字を常用する日本社会は思い込みや先入観で、客観的な判断をおろそかにしては相手の思うつぼだと言えよう。

(※本論で述べている見解は、執筆者個人のものであり、所属する組織を代表するものではない)

山本 勝也 笹川平和財団 主任研究員

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やまもと かつや / Katsuya Yamamoto

元海将補。防衛大学校卒業。中国人民解放軍国防大学、政策研究大学院大学(修士)修了。
海上自衛隊で護衛艦しらゆき艦長、在中国防衛駐在官、統合幕僚監部防衛交流班長、海上自衛隊幹部学校戦略研究室長、アメリカ海軍大学連絡官兼教授、統合幕僚学校第1教官室長、防衛研究所教育部長などを歴任。2023年に退官し現職。海洋安全保障、中国の軍事戦略が専門。

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