「アメリカの実質金利」だけでドル円は語れない ドル安円高の進み方を予想するのに必要な思考

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2020年10月時点で、企業物価ベースの購買力平価(以下ではPPPと表記する)は95円程度であるが、実勢相場(104円)はそれよりも9%ほど円安の水準にある。上述したように「アメリカの実質金利低下が重要」であることは確かだが、現在は「名目金利のない世界」なので、それは各国間の物価比較、要はPPPを根拠にした議論に帰着する。

しかし、近年のドル円相場はまったくPPPに収斂してこないことが知られている。PPPは95円だが、この水準は2012年を最後につけていない。それどころか、歴史的に見れば大きな上方乖離(過剰な円安ドル高)が放置されたまま続いている。確かに「PPPから20%上方へ乖離」という歴史的な天井はアベノミクス下でも機能したが、そもそもプラザ合意後、PPPの水準自体が実勢相場の上限の目途だった。それが今やボトムのように機能しており、PPPという尺度が本格的に使えなくなったように見受けられる。

なお、こうした見立てに対して「PPPがあてにならないことは前々からわかっていた」と語る向きもあるが、PPPは5~10年という時間軸で考える尺度であり、ある程度の答えが出るまでに相応の時間はかかる。結果的にそうなっただけであって、「前々からわかっていた」と言ってしまうのは、真摯な分析態度とはいえない。

それはともかく、2012年11月にアベノミクスの名の下で円安・ドル高相場が始まって以降、なぜ実勢相場がPPPに収斂しなくなったのかを考えなければ、しょせんは物価比較の問題にしかならない「実質金利低下でドル安」という主張も説得力を持たない。では、なぜPPPに収斂しなくなっているのだろうか。

需給構造の変化、円安でも輸出が増えず

この点、筆者はやはり需給構造の変化が重要と考えている。そもそもドル円相場がPPPに比べて過小評価、つまり円安ドル高になっていた場合、それが「あるべき方向」に調整する、つまり円高ドル安が進むのは過小評価された円によって日本企業の国際競争力が改善し、日本から世界への輸出が増加して、貿易黒字が拡大するからである。拡大した貿易黒字はいずれ円買い切りドル売り切りとして為替市場に現れる。そして円高を招くという話だ。

しかし、金融危機後、円相場と貿易収支の関係は薄れ、2012年以降は円安ドル高にもかかわらず貿易赤字が目立つようになった。赤字だからこそ円高ドル安に進まなくなったともいえるが、過去の日本であれば「円安→輸出増→黒字拡大」への波及が期待されるはずだった。 

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