「消毒すればOK」という誤った感染対策の超危険 最も重要な感染対策がおろそかになっている
このような光景を見せつけられれば、人々の不安は和らぐかもしれない。当局が感染対策をしっかりと講じているように映るからだ。しかし、エアロゾル(空気中に漂う微小な飛沫)に詳しいコロラド大学ボルダー校のシェリー・ミラー氏は、このようなブースは感染防止にはまったく意味がない、と話す。
普通の風邪やインフルエンザなど、さまざまな呼吸器系疾患は病原体によって引き起こされ、そうした病原体は汚染された表面を介して広がる場合もある。そのため、昨冬に中国本土で新型コロナの感染が広がったとき、これらの「媒介物」が病原体を拡散させる最大の経路になっていると推測するのは理にかなっているように思えた。
ところが7月になると、媒介物による感染リスクが誇張されている、と論じる論文が医学誌『ランセット』に掲載される。2002年~03年にSARS(重症急性呼吸器症候群)のパンデミックを引き起こしたウイルス「SARS-CoV」など、近縁種の研究で示されたエビデンス(科学的根拠)が考慮されていないという指摘だった(新型コロナのウイルス名は「SARS-CoV-2」)。
見せかけの「衛生劇場」
「少なくとも最初に確認されたSARSウイルスでは、媒介物による感染が極めて限定的なものでしかなかったことを示す非常に強力なエビデンスがある」。論文を執筆したラトガーズ大学の微生物学者エマニュエル・ゴールドマン氏は電子メールの取材にこう回答した。「(SARSウイルスと)極めて近縁のSARS-CoV-2がこの種の実験で著しく異なる作用を示すと考える理由は存在しない」。
ゴールドマン氏の論文がランセットに掲載された数日後、新型コロナはどのような屋内環境であっても空気によって拡散する可能性があると認めるよう、200人を超える科学者が世界保健機関(WHO)に迫った。この問題に対するプレッシャーは強力で、WHOはレストラン、ナイトクラブ、職場、宗教施設など、換気の悪い場所ではエアロゾル感染が発生する場合があることを認めざるをえなくなった。
5月から物体の表面は「ウイルス拡散の主要な経路ではない」といった立場をとってきたアメリカ疾病対策センター(CDC)も10月までに、呼吸器から排出される飛沫が感染の「最大経路」になっている、との見解を示すようになる。
しかし、その頃までには、手すりから買い物袋に至るまで、あらゆる物体の表面を介して感染が広まっているといった妄想が世の中に広まっていた。感染予防策として表面を消毒しまくるといった光景が日常に深く根付くようになっていたということだ。こうした現象を、有力誌『アトランティック』は「衛生劇場」と呼んだ。