理由は2つ。1つは、かつてリーマンショックの際、同じように派遣切りに遭ったため、生活保護を申請しようとしたところ、自治体から実家宛てに扶養照会の連絡がいったことだ。イサムさんによると、息子が生活保護を利用しようとしていることを知った両親は驚き、ただでさえよいとはいえなかった家族との関係は一層悪化したという。
もう1つは、その後、生活保護を利用しないで生活を立て直したいと改めて自治体に相談したところ、民間の簡易宿泊所に入居させられたことだ。その施設では、風呂には週1回しか入れず、部屋には鍵もなく、私物を盗まれた。「生活保護でも住まいがないとこういう施設に送られると聞いていて、それだけは絶対に嫌だったんです」。
イサムさんが体重35キロになるまで、独りで耐え続けた背景にはこうした事情があった。
住まいを失った状態で生活保護を申請すると、自治体によってこうした施設に半ば強制的に入居させられるのは事実だ。なかでも無料低額宿泊所(無低)と言われる施設の一部は、入居者から保護費の大半を巻き上げたうえ、食事がとんでもなく粗末だったり、外出や入浴の時間を制限したりと、貧困ビジネスの温床にもなっている。
「施設に入るくらいなら、生活保護は受けたくない」
イサムさんに会った支援団体の関係者によると、今回のコロナ禍で助けを求めてきた人たちのうち3分の1が、過去にこうした施設から逃げ出した経験があった。所持金がほとんどゼロでも「施設に入れられるくらいなら、生活保護は受けたくない」と路上生活を選ぶ人も少なくないという。
寮付き派遣は、2004年の改正労働者派遣法によって解禁された製造業派遣などの現場に多くみられる。それにしても、仕事を失うと住まいからも追い出されるような働かせ方が適切と言えるのか。
自動車関連の寮付き派遣では、残業があれば月30万円以上稼ぐ人もいるにはいる。ただそれも自動車メーカーの都合次第だ。イサムさんのように「生かさず殺さず」の賃金水準で働かされる人も多く、賃金のピンハネといった“闇”も放置されたまま。
派遣先である自動車メーカーの関連会社は「われわれは雇用者ではない」と知らんぷりを決め込むかもしれないが、これでは「派遣先」「派遣元」「派遣労働者」のうち、派遣労働者だけが一方的に搾取されることになりかねない。
自治体にしても、悪質無低への入居を強いることが貧困ビジネスの片棒を担ぐことになっているという自覚はあるのだろうか。そもそも生活保護の原則は、アパートなどの居宅保護のはずだ。
コロナ禍の現場を取材すると、自治体では、派遣切りに遭った相談者に当然のように再び寮付き派遣の仕事を紹介している。「寮付き派遣を雇い止め→仕事と住まいを失い生活保護→無低送り→寮付き派遣の紹介」――。いつまでこの悪循環を繰り返すつもりなのか、暗澹たる気持ちになる。
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