生徒自ら考える「慶應高野球部」の凄すぎる教育 NTTでの勤務経験を監督業に生かす

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2019年度に卒業した吉田豊博は、手術を余儀なくされるほどの故障を肘に抱えて、最後のシーズンはプレーを断念したにもかかわらず、ある方法でチームに貢献しようとしました。さまざまなデータをより細かく分析していくセイバーメトリクスです。

彼が2年生の冬、A4用紙20枚ほどのレポートを持って来ました。夏から秋にかけてのすべての練習試合のスコアブックなどを集計し、セイバーメトリクスのOPS(打撃での貢献度)などの非常に細かい指標をすべて算出してきたというのです。

こちらが頼んだわけではなく、それにもかかわらず感動するほど精密なもので、大変に驚きました。数値や成績ばかりでなく、理想の打順や、投手のタイプ別診断といったところまで内容は多岐にわたり、大学生でも簡単には作れないようなレベルのものでした。

理由を聞けば、もともと野球を分析的に見たり、数字で考えたりするのが好きなタイプで、それを自分が所属するチームで試してみたかったそうです。またプレーで貢献できない分、こうした分析的な視点でチームを見ることで貢献しようと考えたようでした。 

究極は「ノーサイン」

実際、春先には彼と相談しながら、さまざまな打順や継投を試してみました。結果としては日本一という目標には結びつきませんでしたが、吉田の主体性、行動力にはチーム全員が本当に勇気付けられました。

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野球は毎球がセットプレーで、ベンチからサインを出したほうが有効なスポーツと言えます。

問題はそのサインに対する選手の受け取り方。例えば盗塁のサインが出された場合、「そういう指示なら走ります」と思うだけの選手と、「そろそろ盗塁のサインが出ると思っていました」と先読みをして納得する選手では、後者のほうが、頭が働いていることは明白です。

このような無言の会話が常に行われるチームが理想の一つと言えます。そして、究極はノーサイン。ただ、これは本当に難しい。スクイズなど打者と走者を連動させる作戦などはなかなかできなくなるため、実現は困難を極めます。

実は以前、ノーサインを試した時期がありましたが、選手サイドから「公式戦でやれる自信はない」という意見が出たことに加え、最後は監督である私が責任を取るという意味でも、2カ月ほどで取りやめました。ただ、これは継続的なテーマです。

私は、ここまで記してきたことはすべて、選手が大人になり社会に出ていくための準備という視点で捉えています。野球界や、高校野球の常識でしか通用しないことは、教え込むつもりはありません。「ちわ!」「した!」など高校野球の世界で頻繁に使われる挨拶も禁止にしています。

やはり、野球だけをやらせておけばよいという考え方は、根本的に間違っています。高校卒業後に野球から離れる選手も少なくないため、18歳までに身に付けられるものは正しく伝える。

これまでよりも厳しく、守られない世界へと足を踏み入れ、自らの力で道を切り拓いていかなければいけないのですから、その準備を可能な限りしてあげることも指導者の役割だと思います。

森林 貴彦 慶應義塾高校野球部監督

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もりばやし たかひこ / Takahiko Moribayashi

慶應義塾幼稚舎教諭。1973年生まれ。慶應義塾大学卒。大学では慶應義塾高校の大学生コーチを務める。卒業後、NTT勤務を経て、指導者を志し筑波大学大学院にてコーチングを学ぶ。慶應義塾幼稚舎教員をしながら、慶應義塾高校コーチ、助監督を経て、2015年8月から同校監督に就任。2018年春、9年ぶりにセンバツ出場、同年夏10年ぶりに甲子園(夏)出場を果たす。

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