開発競争で跋扈する「ワクチンスパイ」の正体 水面下でロシアや中国の競争が加速している
しかし、冷戦時代の宇宙開発競争は地球周回軌道や月に到達しようと数十年をかけて争われたものであるのに対して、新型コロナの治療法に関するスパイ活動は宇宙開発競争とは比べ物にならない速度で行われている。ワクチンの必要性が日に日に高まっているからだ。
「生医学研究で現在最も価値のあるデータを盗み出そうとしなかったら、それこそ驚きだ」。中国の動きについてアメリカ司法省のジョン・デマーズ次官補(国家安全保障担当)は8月、戦略国際問題研究所(CSIS)のイベントでこう述べた。「(こうしたデータの)経済的な価値は非常に大きいが、地政学的な価値はそれ以上だ」。
WHO内部で行われる中国の情報窃取
中国の手口は複雑だ。機密情報に通じた現職および元当局者によると、中国の諜報員は世界保健機関(WHO)から情報を秘密裏に取得し、アメリカとヨーロッパのワクチン開発に対するハッキング対象を絞り込んでいる。
中国はWHOに対して影響力を持っているが、その立場を具体的にどう利用して世界のワクチン研究に関する情報を収集していたのかは不明だ。WHOは開発中のワクチンに関する情報を収集しているが、その多くは最終的に公開される。ただ、中国のハッカーはWHOが最も有望と考えたワクチン研究の情報を他国に先んじて手に入れることで有利な立場に立てたのではないか、と情報機関の元当局者は考えている。
アメリカの情報機関当局者が中国のスパイ活動に関する情報をつかんだのは、現職および元当局者によると、アメリカで新型コロナの感染が広まりつつあった2月上旬だ。アメリカの中央情報局(CIA)などは、WHOをはじめとする国際機関内での中国の動きを細かく追跡している。
アメリカ政府が5月にWHOに対して強硬姿勢を打ち出した背景には、こうした情報機関の分析があった、と先述の元当局者は明かした。
中国のハッカーは、ノースカロライナ大学以外にもアメリカ各地の大学を標的にしており、アメリカの当局者によると、そのうちいくつかはネットワークへの侵入を許した可能性がある。
アメリカ司法省は7月、中国のスパイ機関である国家安全部からの指令でアメリカの複数のバイオテクノロジー企業からワクチンに関する情報や研究結果を盗もうとしたとして、2人のハッカーを起訴した。しかしデマーズ氏は講演の中で、中国はそれ以外にも「複数の侵入作戦」を展開していると語った。