ディズニー実写「ムーラン」公開がざわつくワケ なぜこれほど作品論を上回る批判が集まるのか

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彼に手を貸すことで自分の居場所を取り戻そうとするも、葛藤する彼女のそのこじらせ加減が妙に共感できます。むしばまれている状況がより現実的で、こじらせ女子代表といったところ。そして、ディズニー映画ですから、そんな女子にも着地点を見いだしてくれるシェンニャン最大の見せ場は必見です。

「製作費2億ドル」ロケ中心の超大作

製作費2億ドル(日本円で210億円)とも言われる超大作であることは中国の唐朝(618〜907年)を含む中国王朝時代の建築をはじめ、衣装、小道具を事細かに再現したビジュアルからも一目瞭然。宮殿や巨大な玉座の間を作り上げたセットもあります。鑑賞中、中国の花鳥風月にうっとりできます。ロケ地は中国本土をはじめ、カーロ監督の地元であるニュージーランドも選ばれながら、可能な限り撮影をスタジオではなく、ロケーションで行われています。グリーンスクリーンを使った合成ではなく、実際の環境でカメラを回すことを優先したためと言われています。

だからこそ「映画館のスクリーンで観たかった……」という声も漏れ聞こえています。もともと映画館で公開される予定だったわけですが、コロナのパンデミックの影響で、本国アメリカでの公開日が延期された後、最終的に下した決断によって、Disney+で世界配信になったという経緯があります。視聴条件はDisney+会員であること、これに加えてプレミアアクセス料金も追加で必要です。計3750円(税抜)が現段階ではムーラン鑑賞に必要になってきます。

12月4日以降はDisney+会員であれば、追加料金なしで視聴できることも発表されていますが、それでも話題の今観るべきか迷うところです。家族を連れて映画館で観ることを想定すれば、鑑賞チケット代にポップコーンと飲み物代を加える分よりも割安かもしれません。もちろん単純に「高い」という声もあります。

Disney+は昨年11月からアメリカでスタートしたばかりであるのにもかかわらず、世界ですでにNetflixに次ぐポジションを押さえています。ディズニー作品はキッズ層のリピート視聴が多く見られることに特徴があり、それが強みとなっているのです。そのためこれを踏まえた価格設定が行われていると推測しています。

業界内では価格設定以上に関心があるのは、公開方法そのものについてです。ほとんどのハリウッドのスタジオがコロナ禍によって、劇場ファーストを崩した戦略を試したようにディズニーも『ムーラン』をDisney+で別料金の条件を加えて独占配信したわけです。ただし、これは「1回限りのイベント」という断り付き。ディズニーCEOのボブ・チャペックはアナリストに対し、「新しいビジネス・ウインドー・モデルを検討しているわけではまったくない」と、答えていることが報じられています。

経営陣が上手のかわしを見せる一方で、『ムーラン』の話題はまだまだ尽きません。主演女優のリウ・イーフェイが香港の民主化デモで警察側を擁護する発言を昨年したことで、アジアの一部でボイコット運動が起きているのも事実です。ここにきて、エンドロールも物議を醸しています。中国政府が少数民族を弾圧しているとして問題視されている新疆ウイグル自治区の当局などに謝意を表したことで批判の声が高まっているからです。今『ムーラン』にはアニメ版との比較やDisney+での配信といった想定内の議論を超える、視聴体験と作品論の盛り上がりが求められていそうです。

長谷川 朋子 コラムニスト

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はせがわ ともこ / Tomoko Hasegawa

メディア/テレビ業界ジャーナリスト。国内外のドラマ、バラエティ、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。最も得意とする分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約10年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界で権威ある「ATP賞テレビグランプリ」の「総務大臣賞」の審査員や、業界セミナー講師、札幌市による行政支援プロジェクトのファシリテーターなども務める。著書は「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)。

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