「1600種の貝殻集めに半生捧げた男」の驚き人生 情熱かけたコレクションは作者の死後も心打つ

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5男2女の7人きょうだいの3男だった古川さんは、長男の援助を受けて鹿児島師範学校を卒業。鹿児島各地へ小学校の先生として赴任する。

「私は叔父にかわいがってもらいました。それは、親父が長男で早くに働きに出てきょうだいたちの面倒をみたことも理由でしょう。当時は跡取りの長男が働きに出て、下の子たちの面倒をみる時代でした」  (原田純一さん)

世界中の貝に魅了される

そして、古川さんは貝殻コレクションと運命の出会いを果たす。そのときのことをこんなふうに記している。

“教職にあった時、父兄で外国航路の船医さんのお宅を訪問しました。その時、今まで見たこともない世界の貝のコレクションを見せてもらいました。大型ガラスの棚の中にいくつも並べられ、どれも輝いていました。形や色、模様やつや、貝がつくった自然そのものの美しさに、山育ちの私はすっかり魅了されてしまいました。”
―『月刊シルバー・エイジ』より

時代はおそらく1960年代、カラーテレビがほとんど普及していない頃の話だ。現代の私たちはどこに生まれ育ってもインターネットやテレビであらゆる国や土地の風景を見ることができるが、その機会のなかった当時、直接目にする色鮮やかな貝殻にどんなにか感動したことだろう。山で育った人が海の美しさに触れた瞬間は、今とは比べ物にならない鮮烈な体験だ。

「叔母さんがよき理解者でした。土日に弁当を持って貝殻探しに出かけていましたね。年に2~3回は、喜界島や大島群など鹿児島の離島へ貝拾いの旅へ行っていました」

また、貝殻の採取にも土地に合わせた適切なタイミングがあり、砂の海岸は冬、岩場の海岸は春だった。だから、強い北風が吹く冬の吹上浜に防寒具で身を包んで繰り出していた。

“忘れられないのは、喜界島でシラナミガイの群生にあった光景です。シラナミガイは中型のシャコガイの仲間です。外套膜に寄生している藻から赤・緑・青・茶などの鮮やかな色を発しています。その美しさは、まるで竜宮の国に迷い込んだようでした”
―『月刊シルバー・エイジ』よりー

喜界島の白い砂浜に、透き通った海。そこに輝くシラナミガイは夢のように美しかったのだろう。シラナミガイは白い貝殻だが、海で生きているときには外套膜に宿っている藻類が色鮮やかな色彩を見せる。

シラナミガイ(筆者撮影)

その藻類が光合成をして酸素とでんぷんをつくりだし、シラナミガイが出す二酸化炭素と交換される。宿している藻類とシラナミガイは共生関係にあるのだ。ひとつの貝から生態系の神秘と美しさが感じられる。

また、ドット柄のような模様のクロミナシガイや、海に咲く花のようなウミギクなど、驚くべき個性と美しさがある貝殻。自然の生み出す造形の不思議さに驚嘆させられる。

次ページ30年の時を経てもなお美しい標本
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