「コロナ不況」と「昭和恐慌」を同一視する危うさ 悲惨な歴史から私たちは何を学ぶべきなのか

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増田:権力の座に汲々としないのですね。さっそく高橋は、3週間のモラトリアム(支払猶予令)を閣議決定して、4月22日に公布します。モラトリアムというのは、銀行預金をはじめ、すべての債務、借金などの支払いを一定期間猶予することです。

池上:この期間、銀行はお金の支払いなど、決まった額しか支払いませんよ、ということですね。だから、たとえ取り付けに来てもお金は決まった額しか引き出せません。

増田:でも、少しの額しか引き出せないと決まったのであれば、やはり銀行にはお金がないのかと、不安が消えない人もいたのではないでしょうか。

金融恐慌には高橋是清という財政のプロがいた

池上:高橋という人は常識外れの独特なアイディアをもった人で、まず、十五銀行が休業した翌日の4月22日と23日、自発的に一斉休業するように全国の銀行に依頼します。何をしたかというと、大量の片面印刷の200円紙幣をできる限り印刷して銀行に配ったんです。大量の紙幣を印刷するには時間がかかるので、片面だけを印刷したんです。

増田ユリヤ(ますだ・ゆりや)/神奈川県生まれ。國學院大學卒業。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのレポーターを務めた(撮影:中西裕人)

増田:そんなことしていいんですかね(笑)。

池上:普通は考えもよらない方法ですよね。それで休み明けの銀行にその裏が白い200円札をどうさせたかというと、店頭に高く積んで置かせたのです。

増田:これ見よがしに、お金はこんなにあると。大きな問題を前にしたとき、不安を取り除くことの重要性ですね。

池上:実は今の日本銀行も、このときのことを教訓にしたことがありました。バブル崩壊後に金融不安が起こった1995年、大阪の木津信用組合で取り付け騒ぎが起きたときには、日銀大阪支店が大量の1万円札の束を持ち込んでカウンターの上に積み上げ、「お金はいくらでもあるから大丈夫です」と預金者を安心させ、騒ぎを鎮静化させています。

さて、その高橋は、この不安を生んだおおもとを解消するために、日銀特別融資及び損失補償法案、台湾銀行に対する資金融通に関する法案を国会に提出して可決させます。これらの法案によって、日銀の補償による銀行の救済の額を増やしたのです。

増田:これで不良債権を多く抱える銀行も日銀と政府が助けてくれてつぶれないだろうと思う人が増えます。でも、日銀と政府が助けるということは、最終的には国民の税金が使われるということです。

池上:世界恐慌への対抗策としてルーズベルトがとった管理通貨制度に近い政策なんです。

増田:金本位制度をやめて、中央銀行がお金の量を調整することで、経済をコントロールしようとしたことですね。

池上:そうです。これは金融恐慌、お金にまつわる恐慌だから当時と今は状況が違うとも考えられますけれど、やはりみんなが生活を営むうえでお金は絶対必要です。だから、その不安を取り除くか。完璧に取り除くことはできないとしても、政府がメッセージを発することが大切なんです。

増田:金融恐慌は5月には沈静化し、高橋は、6月2日、就任から44日で大蔵大臣を辞任します。

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