「PCR検査・隔離」の膨張が引き起こす現実の問題 感染症と検査の現場から西村秀一医師が訴える

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西村秀一(にしむら・ひでかず)/国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター長・臨床検査科長兼ウイルス疾患研究室長。1984年山形大学医学部医学科卒。医学博士。アメリカ疾病予防管理センター(CDC)客員研究員、国立感染症研究所ウイルス一部主任研究官などを経て、2000年より現職。専門は呼吸器系ウイルス感染症。『史上最悪のインフルエンザ―忘れられたパンデミック』(みすず書房)、『豚インフルエンザ事件と政策決断―1976起きなかった大流行』(時事通信出版局)、『インフルエンザ感染爆発―見えざる敵=ウイルスに挑む』(金の星社)などの訳書や論文多数(写真:西村秀一氏提供)

そもそもPCR検査はウイルスの遺伝子であるRNAを増殖して見るだけのものだ。不活性のウイルスの残骸でも捕まえてしまうことがある。濃厚接触の中で感染性のないウイルスに手で触れてたまたま鼻腔をさわっただけでも陽性になりうる。

検査は機械や資材があれば誰でもできるわけではなく、きちんと評価する仕組みがないと結果を誤る。

人ひとりのPCR検査を単なる環境検査と混同してもらっては困る。1つの検査結果がその人の人生を左右することすらある。だから、細心の注意が必要であり、それぞれの結果に対して丁寧な読みが求められ、場合によっては再検査もすべきだ。人に対する検査とはそういうものだ。

今、検査を増やせというかけ声と、早く検査して早く報告しろというというプレッシャーがあり、情報の質よりスピードが優先されている。紹介したような事例が各地で起きているのではないか。

ゼロリスクを求めるあまり、問答無用で本人が学校や職場を休ませられることはもちろん、周囲を消毒し、最悪の場合、学校や職場自体が閉鎖されるという大騒ぎが広がっている。そして、それがいつものように特別発表として報道され、人々に過剰な恐怖と分断をもたらしている。

「陽性なら帝王切開」に正当性はあるのか

――症状のある人が不安だから早く検査を受けて治療を受けたいというのはわかります。ですが、無症状でしかも健康上のリスクの低い人が検査を受けて隔離されて、その人本人にメリットがあるのでしょうか。

私が最近非常に憂慮しているのは、症状がないにもかかわらず、出産前の妊婦さん全員にPCR検査の実施を求める動きが広がっていることだ。分娩時に呼吸が荒くなるため、そこから出る飛沫を医療従事者が感染リスクと捉えているからだという。

問題は、陽性であったらどうするのかということだ。十分な感染管理ができる感染症指定医療機関へ転院させるのか。その場合、本当に他人にうつすほどのウイルス量を出しているのかどうか、しっかり判断できないとたいへんなことになる。無症状の妊婦さんを検査した結果、多くの陽性者が出たらどうするのか。感染管理上、完全隔離して、出産も帝王切開すべきだという話になっていると聞いて驚いた。

次ページ陽性と陰性を分けるという単純な発想が差別を生む
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